熊本地方裁判所 平成8年(行ウ)9号 判決 2000年9月08日
【目次】
事件名、当事者の表示等
主文
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
第二 事案の概要等
一 事案の概要
二 前提事実
三 本件の争点
四 争点に関する当事者の主張
【本案前の争点について】
1 本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えの適法性(本案前の争点1)
2 三条資格者でない原告の訴えの適法性(本案前の争点2)
【本案の争点について】
1 本件変更計画の違法性の有無について
(一) 事業の必要性及び費用対効果について(本案の争点1(一))
(二) 本件事業の受益面積が本件変更計画により施行令四九条一項所定の基準面積を下回ることによる本件変更計画の違法性の有無(本案の争点1(二))
(三) 本件公告手続の違法性の有無(本案の争点1(三))
(四) 同意取得手続の違法性の有無について
(1) 三条資格者の特定に関する違法性の有無(本案の争点1(四)(1))
(2) 同意署名簿に添付すべき書類が欠けていたことによる違法性の有無(本案の争点1(四)(2))
(3) 同意署名簿の記載事項の不備による違法性の有無(本案の争点1(四)(3))
(4) 同意署名の瑕疵による違法性の有無(本案の争点1(四)(4))
(5) 同意取得時の説明義務違反による違法性の有無(本案の争点1(四)(5))
(五) 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否
(1) 三条資格者の人数(本案の争点1(五)(1))
(2) 三条資格者のうちの同意者の人数(本案の争点1(五)(2))
(3) 同意の無効原因の有無1―同意が説明義務違反により無効になるか否か(本案の争点1(五)(3)について)
(4) 同意の無効原因の有無2―同意が錯誤により無効になるか否か(本案の争点1(五)(4)について)
(5) 同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をした場合に、その者を同意者として扱うべきか否か(本案の争点1(五)(5)について)
2 本件決定固有の違法性の有無について
(一) 本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過してなされたことによる違法性の有無(本案の争点2(一))
(二) 本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかったことによる違法性の有無(本案の争点2(二))
(三) 行審法二五条一項ただし書の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を経ていないことによる違法性の有無(本案の争点2(三))
第三 当裁判所の判断
【本案前の争点について】
一 本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えの適法性(本案前の争点1)
二 三条資格者でない原告の訴えの適法性(本案前の争点2)
【本案の争点について】
一 本件変更計画の違法性の有無について
1 事業の必要性等について(本案の争点1(一))
2 本件事業の受益面積が本件変更計画により施行令四九条一項所定の基準面積を下回ることによる本件変更計画の違法性の有無(本案の争点1(二))
3 本件公告手続の違法性の有無(本案の争点1(三))
4 同意取得手続の違法性の有無について
(一) 三条資格者の特定に関する違法性の有無について(本案の争点1(四)(1))
(二) 同意署名簿に添付すべき書類が欠けていたことによる違法性の有無について(本案の争点1(四)(2))
(三) 同意署名簿の記載事項の不備による違法性の有無について(本案の争点1(四)(3))
(四) 同意署名の瑕疵による違法性の有無について(本案の争点1(四)(4))
(五) 同意取得時の説明義務違反による違法性の有無について(本案の争点1(四)(5))
5 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否について
(一) 三条資格者の人数について(本案の争点1(五)(1))
(二) 同意者の人数について(本案の争点1(五)(2))
(三) 同意の無効原因の有無1―同意が説明義務違反によって無効になるか否か(本案の争点1(五)(3))
(四) 同意の無効原因の有無1―同意が錯誤により無効になるか否か(本案の争点1(五)(4))
(五) 同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をした場合に、その者を同意者として扱うべきか否か(本案の争点1(五)(5))
(六) 小括
二 本件決定に固有の違法性の有無について
1 本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過してなされたことによる違法性の有無(本案の争点2(一))
2 本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかったことによる違法性の有無(本案の争点2(二))
3 行審法二五条一項ただし書の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を経ていないことによる違法性の有無(本案の争点2(三))
第四 結論
原告 蔵橋静男 ほか864名
被告 農林水産大臣
代理人 石井忠雄 畠山稔 原克好 石川裕一 松本清隆 山之内紀行 吉田勝栄 甲斐正和 倉本正博 木村淳一 迫本基嗣 野村英雄 ほか9名
主文
一 別紙目録<略>記載の原告らの訴えをいずれも却下する。
二 その余の原告らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とし、補助参加によって生じた訴訟費用は補助参加人らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告らの請求
被告が平成八年三月二九日付けでした国営川辺川土地改良事業変更計画(以下「本件変更計画」という。)に対する異議申立てを棄却する旨の各決定(以下「本件決定」という。)を取り消す。
二 被告の答弁
(本案前の申立て)
別紙目録<略>記載の原告らの訴えをいずれも却下する。
(本案に対する答弁)
原告らの請求をいずれも棄却する。
第二事案の概要等
一 事案の概要
被告は、熊本県内の人吉市並びに球磨郡の錦町、多良木町、須恵村、深田村、相良村及び山江村(以下「関係市町村」という。)にまたがる一定の地域を施行地域とする国営川辺川土地改良事業(農業用用排水、区画整理及び農地造成の各事業。以下、右各事業をまとめて「本件事業」といい、農業用用排水事業を「用排水事業」という。)につき、昭和五九年六月九日付けで、各事業ごとにそれぞれ事業計画(以下、まとめて「当初計画」という。)を決定したが、その後、平成六年一一月四日付けで、右各事業ごとに本件変更計画を決定した。これに対し、原告古川十市ら一一六八名(うち七名は後に取下げ。以下、右七名を除いて「本件異議申立人」という。)が、同年一二月一九日から同月二一日までの間に、被告に対し、本件変更計画に対する異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)を行ったが、被告は、平成八年三月二九日付けで、本件異議申立人のうち二二名に対し異議申立てを却下する旨の決定をし、本件異議申立人のうちその余の一一三九名に対し本件決定をした(以上につき、後記二参照)。
本件は、本件異議申立人等からなる原告らが、本件変更計画の違法として、<1>事業の必要性がないこと、<2>土地改良法(以下「法」という。)八七条の三第一項所定の法三条の資格を有する者(計画変更後に当該土地改良事業の施行に係る地域に該当しないこととなる地域内にある土地について同条に規定する資格を有する者を含む。以下「三条資格者」という。)の三分の二以上の同意を取得する手続(以下「同意取得手続」という。)に瑕疵があること、<3>同条項所定の三条資格者の三分の二以上の同意が得られていないことなどを、また、本件決定に固有の違法として、本件異議申立人全員に口頭による意見陳述の機会を十分に与えなかったことなどをそれぞれ主張して、本件決定の取消しを求めた事案である。
これに対し、被告は、本案前の主張として、<1>本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えは、いわゆる異議申立前置主義及び裁決主義から、不適法である、<2>三条資格者でない原告には原告適格がないとし、本案に関する主張として、本件変更計画について、<1>本件変更計画における事業の必要性の有無は本件訴訟の審理の対象外である、<2>同意取得手続に瑕疵はない、<3>法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件も充足しているなどとして、その適法性を主張し、また、本件決定については、本件異議申立人に十分に口頭意見陳述の機会を保障したなどとして、本件決定に固有の違法がないと主張している。
二 前提事実(各項末尾に証拠を掲記したほかは、当事者間に争いがない。なお、以下において証拠を摘示する場合、特定の必要のない限り枝番号は付さない。)
1 当初計画の確定に至る経緯等
(一) 本件事業は、特定多目的ダム法に基づき建設大臣が建設する川辺川ダムを水源とし、導水路、幹線水路、揚水機場等を建設する用排水事業、未整備既耕地の区画整理事業及び山林、原野等を対象とする農地造成事業の三つの国営土地改良事業である。
(二) 関係市町村内に居住する那須均外三四名は、本件事業の計画概要の策定、右計画概要についての各関係市町村長からの意見聴取、右計画概要等の公告、三条資格者からの同意取得等、法八五条所定の手続を経るなどした上で、昭和五八年一〇月一二日付けで、被告に対し、本件事業を国営土地改良事業として施行するよう申請を行った。
なお、市町村別及び大字別同意状況集計表<証拠略>によれば、本件事業のうち用排水事業については九七・一パーセント、区画整理事業については九六・八パーセント、農地造成事業については、一〇〇パーセントの三条資格者の同意が得られたとされている。<証拠略>
(三) 右申請を受けて、被告は、法八六条二項所定の関係都道府県知事である熊本県知事との協議、法八七条二項、八条二項、三項所定の専門的知識を有する技術者からの調査報告の聴取等を行った。<証拠略>
(四) その上で、被告は、昭和五九年六月六日付けで、本件事業を国営として実施することが適当である旨の決定をし、さらに、同月七日付けで、用排水、区画整理及び農地造成の各事業についての事業計画である当初計画を、国営川辺川土地改良事業計画書<証拠略>のとおり定めた。当初計画の概略は、別紙<略>のとおりである。
(五) 被告は、当初計画につき、法八七条五項所定の公告及び縦覧(縦覧期間は昭和五九年六月九日から同年七月二日まで)を行ったが、異議申立期間(法八七条六項により縦覧期間満了日の翌日から起算して一五日間)内に異議申立てはなく、当初計画は同年七月一八日に確定した。
そして、本件事業のうち区画整理五〇ヘクタール及び農地造成一九〇ヘクタールについては、平成五年度までに工事が終了した。一方、用排水事業については、川辺川ダムの本体工事が着工されていないこともあり、未着工のままとなっていた。(<証拠略>、弁論の全趣旨)
2 本件変更計画の決定に至る経緯
(一) 被告は、農業情勢の変化等による一部の三条資格者らの本件事業の推進意欲の減退、農業従事者の高齢化、後継者不足等により、当初計画のままでの事業の実施が困難であるとして、本件事業の施行地域、主要工事計画及び事業費の変更を内容とする計画変更を行うこととした。
そこで、被告は、本件事業の変更後の計画概要について定めた国営川辺川土地改良事業変更計画概要書を用排水、区画整理及び農地造成の各事業ごとに作成するとともに(<証拠略>)、本件事業によって造成された施設の予定管理方法等について定めた「国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)によって造成された施設の予定管理方法等」と題する書面(<証拠略>)、本件事業費の負担区分等について定めた「国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)における事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準」と題する書面(<証拠略>)及び「土地改良区の設立予定時期及び方法」と題する書面(<証拠略>)を作成した。
また、被告は、法八七条の三第六項、八条二項、三項所定の専門的知識を有する技術者からの調査報告の聴取手続として、九州共立大学教授長智男らから、平成五年八月二〇日付けで、本件変更計画の内容が総合的にみて適正なものと認められる旨の調査報告書(<証拠略>)による報告を受けた。
また、被告は、法八七条の三第四項所定の関係都道府県知事との協議として、同年一一月一九日付けで熊本県知事と協議を行い、平成六年一月二六日付けで、同知事から、本件変更計画に異議がない旨の回答を得た。
さらに、被告は、法八七条の三第一項所定の公告として、同年二月八日から同月一四日までの間、右各変更計画概要書、「国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)によって造成された施設の予定管理方法等」と題する書面、「国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)における事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準」と題する書面等を、関係市町村の市役所又は町村役場の掲示板に掲示した(以下「本件公告手続」という。)。(<証拠略>)
(二) 被告は、おおむね平成六年五月ころまでの間に、関係市町村に依頼するなどして、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意を取得するための手続をした。
そして、同年六月一〇日、川辺川総合土地改良事業組合(以下「事業組合」という。)の組合長である高岡隆盛(当時相良村長)が、同組合の臨時議会において、本件変更計画のうち、用排水事業について九一パーセント、区画整理事業について九三パーセント、農地造成事業について九七パーセントの三条資格者から同意を得た旨報告した。(<証拠略>)
(三) 一方、平成六年四月二七日ころ以降、多数の者から、被告に対し、本件変更計画への同意を撤回する旨の通知が書面でなされた。
これに対し、被告は、同年六月二二日ころ以降、右通知をした者のうち同意署名を得ていた三条資格者に対し、関係市町村の同意取得担当者等を通じて、右の同意撤回を取り下げるよう働きかけをし、相当数の者から、同意撤回を取り下げる旨の書面を徴集した。
しかし、右同意撤回を取り下げる旨の書面を提出した者の中には、再び同意を撤回する旨の通知をする者も現れた。被告は、このうちの一部の者からは、再び同意撤回を取り下げる旨の書面を徴集した。
これらの同意撤回及び同意撤回取下げの状況は、被告の第五準備書面別紙2「甲第5号証及び甲第6号証確認調書」のとおりであり、要約すると、別紙<略>のとおり、同意撤回取下者は、用排水事業で二六三名、区画整理事業で一二二名、農地造成事業で三八名である。(<証拠略>)
(四) 被告は、平成六年一一月四日付けで、九州農政局長から、用排水事業について、三条資格者総数三九二二名のうち三四一七名(<証拠略>。三条資格者中同意した者の割合(以下「同意率」という。)八七・一パーセント)から、区画整理事業について、三条資格者総数一四七六名のうち一三四三名(<証拠略>同意率九一・〇パーセント)から、農地造成事業について、三条資格者総数八八一名のうち八四一名(<証拠略>。同意率九五・五パーセント)から、それぞれ同意を得た旨の報告を受けた。(<証拠略>)
(五) 被告は、右報告を受けて、平成六年一一月四日付けで、国営川辺川土地改良事業変更計画書(用排水事業につき乙三七、農地造成事業につき<証拠略>、区画整理事業につき<証拠略>)のとおり、本件変更計画を決定した。本件変更計画の概略は、別紙<略>のとおりである。
被告は、同月七日付けで法八七条の三第六項、八七条五項所定の本件変更計画を決定した旨を公告するとともに、同月八日から同年一二月六日までの間、関係市町村の市役所又は町村役場において右各変更計画書の写しを縦覧に供した。(<証拠略>)
3 本件異議申立て及び本件決定の状況
(一) 原告古川十市ら一一六八人(うち七名は後に取下げ)が、本件変更計画に対する異議申立ての期間内の平成六年一二月一九日から同月二一日までの間、被告に対し、本件異議申立てをした。
(二) これに対し、被告は、平成八年三月二九日付けで、本件異議申立人のうち二二名に対し異議申立てを却下する旨の決定をし、その他の本件異議申立人一一三九名に対し本件決定をした。(<証拠略>)
三 本件の争点
【本案前の争点】
1 本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えの適法性(別紙目録<略>記載の原告らについて)
2 三条資格者でない原告の訴えの適法性(別紙目録<略>記載の原告らの原告適格の有無及び異議申立前置の要件の成否)
【本案の争点】
1 本件変更計画の違法性の有無について
(一) 事業の必要性及び費用対効果について(国営土地改良事業の変更計画の適法要件か否か。また、適法要件と解した場合、それらの要件を充足しているか否か。)
(二) 本件事業の受益面積が本件変更計画により土地改良法施行令(以下「施行令」という。)四九条一項所定の基準面積を下回ることによる本件変更計画の違法性の有無
(三) 本件公告手続の違法性の有無
(四) 同意取得手続の違法性の有無について
(1) 三条資格者の特定に関する違法性の有無
(2) 同意署名簿に添付すべき書類が欠けていたことによる違法性の有無
(3) 同意署名簿の記載事項の不備による違法性の有無
(4) 同意署名の瑕疵による違法性の有無
(5) 同意取得時の説明義務違反による違法性の有無
(五) 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否について
(1) 三条資格者の人数
(2) 三条資格者のうちの同意者の人数
(3) 同意の無効原因の有無1―同意が説明義務違反により無効になるか否か
(4) 同意の無効原因の有無2―同意が錯誤により無効になるか否か
(5) 同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をした場合に、その者を同意者として扱うべきか否か
2 本件決定固有の違法性の有無について
(一) 本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過してなされたことによる違法性の有無
(二) 本件異議申立人全員に行政不服審査法(以下「行審法」という。)二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかったことによる違法性の有無
(三) 行審法二五条一項ただし書の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を経ていないことによる違法性の有無
四 争点に関する当事者の主張
【本案前の争点について】
1 本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えの適法性(別紙目録<略>記載の原告らに関して―本案前の争点1)
(被告の主張)
(一) 法八七条の三第六項、八七条一〇項は、土地改良事業変更計画に不服がある者は、同条七項の異議申立てについての決定に対してのみ、取消しの訴えを提起することができると規定している。これは、右変更計画の決定について、異議申立前置主義とともに、いわゆる裁決主義を採用したものである。
したがって、異議申立てについての決定を受けていない者については、取消しの対象となる決定もないから、取消訴訟を提起することができないというべきである。
(二) なお、原告らは、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)八条二項の適用があるとの前提に立って、同項二号ないし三号に該当すると主張しているが、土地改良事業変更計画の決定について異議申立前置主義とともに裁決主義を採用している法の仕組みからすれば、行訴法八条二項が適用される余地はないというべきである。
(三) 別紙目録<略>記載の原告らは、いずれも本件異議申立てについての決定を受けていないのであるから、これらの原告らの訴えは不適法である。
(原告らの主張)
(一) 被告は、十分な口頭審理を実施せず本件異議申立人に十分な陳述の機会も与えないまま、本件異議申立ての手続を打ち切ったのであり、このような形式的かつおざなりな審理を経る意味はなく、行訴法八条一項本文の原則に戻って、異議申立てを経ずに取消訴訟を提起することも許されるべきであるから、同条二項三号の「裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当するというべきである。
(二) また、被告が、川辺川ダムから各三条資格者の農地までの用排水事業の費用負担を明らかにしないまま、本件事業を強行しようとしていたことからすれば、同項二号の「手続の続行により生ずる著しい損害を避けるため緊急の必要があるとき」にも該当するというべきである。
(三) したがって、本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えも適法である。
2 三条資格者でない原告の訴えの適法性(別紙目録<略>記載の原告らの原告適格の有無及び異議申立前置の要件の成否に関して―本案前の争点2)
(被告の主張)
(一) 原告適格について
法は、異議申立てについての決定に対する取消しの訴えを提起し得る者を「土地改良事業計画に不服がある者」と規定している(法八七条の三第六項、八七条一〇項)が、右にいう「不服がある者」は、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」と同義であり、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである。
そして、法が、三条資格者につき、土地改良事業の変更計画について賛否を表示し(法八七条の三)、国営、都道府県営事業の申請人となり(法八五条)、その費用の一部を負担する(法九〇条、九一条等)等の権利と義務を有する旨規定していることに照らすと、三条資格者は、土地改良事業の変更計画の取消しを求める法律上の利益を有する者に該当する(法八七条の三第六項、八七条一〇項)が、それ以外の者はこれに該当せず、原告適格を有しないというべきである。
別紙目録<略>記載の原告らは、いずれも三条資格者ではなく、原告適格を有しないから、これらの原告らの訴えは不適法である。
(二) 異議申立前置について
異議申立前置主義が採られている場合、訴え提起前に経由する異議申立ては適法なものであることを要し、本来不適法として却下すべき異議申立てについて実体的裁決がなされた場合であっても、異議申立前置の要件を充足したことにならない。
被告は、別紙目録<略>記載の原告らに対し、異議申立適格を有しないことを理由に却下決定をし、また、別紙目録<略>記載の原告らに対し、棄却決定をしたが、これらの原告らは、三条資格者ではなく、適法な異議申立てを経ていないのであるから、この点からも、別紙目録<略>記載の原告らの訴えは不適法である。
(原告らの主張)
(一) 行訴法九条にいう「法律上の利益」は、単なる実体法上の権利ないし保護法益にとどまらず、事実上の利益をも含むものと解すべきであるし、その利益を侵害される者であれば、必ずしも処分当事者に限らず、第三者であっても、その処分の取消訴訟を提起し得ると解すべきである。
(二) ところで、本件事業は、川辺川ダムの建設を前提としており、本件事業と川辺川ダム建設は密接不可分の関係にあるが、川辺川ダムが建設された場合、三条資格者でない者も、これまで享受してきた川辺川の豊かな清流を失い、川辺川ダムの放水による洪水の危険にさらされるなど事実上の多大な影響を受け、良好な環境を享受する権利を侵害され、あるいは財産権を侵害され、場合によっては生命、身体を損なわれる危険にさらされる。これらの権利や利益は、本件変更計画を決定するに当たっても当然に配慮されるべきものである。
したがって、原告適格を有する者を三条資格者に限定すべきではなく、原告ら全員に原告適格が認められるべきである。
(三) なお、行訴法九条にいう「法律上の利益を有する者」につき、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうとの見解に立つとしても、原告適格を有する者を三条資格者に限定すべきではない。例えば、本件事業の対象地に地上権、永小作権、賃借権等を有している者については、「法律上の利益を有する者」に該当するというべきである。
【本案の争点について】
1 本件変更計画の違法性の有無について
(一) 事業の必要性及び費用対効果について(国営土地改良事業の変更計画の適法要件か否か。また、適法要件と解した場合、それらの要件を充足しているか否か―本案の争点1(一))
(原告らの主張)
(1) 法八条四項一号は、土地改良事業が政令で定める土地改良事業の施行に関する基本的な要件に適合することを要求しており、施行令は、右要件として、「当該土地改良事業の施行に係る地域の土じょう、水利その他の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためその事業を必要とすること」(施行令二条一号。以下「事業の必要性」という。)及び「当該土地改良事業のすべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」(同条三号。以下「費用対効果」という。)を明示している。
土地改良事業計画の変更に関する法八七条の三第六項は、法八条四項を準用していないが、法八七条の三第六項が準用する法八条二項、三項等に照らすと、土地改良事業の変更計画においても、事業の必要性及び費用対効果が要求されており、これらのいずれかを欠く変更計画は違法であるというべきである。
(2) 本件変更計画に係る変更計画概要書(<証拠略>)では、事業の必要性を基礎づける事情として、<1>用水手当が皆無であること、<2>用水施設の老朽化により恒常的な用水不足を来していることなどが指摘されている。しかしながら、これらは事実に反するか、あるいは、本件事業の施行地域の実情にそぐわないものである。本件事業の施行地域において農業のための水は十二分に確保されており、多大な費用を投じ農業経営者に過大な負担を強いて、本件事業を行う必要性は全くない。
したがって、事業の必要性はなく、本件変更計画は違法である。
(3) また、被告は、本件変更計画を策定するに当たり、本件事業が十分な経済効果をもたらすことが判明しているとして、本件変更計画に係る変更計画書(<証拠略>)の記載内容を指摘している。しかしながら、右各変更計画書には、本件事業の費用対効果について、結論となる数字が示されているだけで、その算出の基礎になった資料等は何ら明らかにされていない。また、前記二2(一)の調査報告書(<証拠略>)にも、本件事業の費用対効果について、その評価の根拠や算出基礎を示すものは何も記載されていない。
また、本件事業を全体として見ると、面積規模等が縮小され、増加見込効果額及び増加見込所得額が減少しているのに、事業費が増加するなど、本件変更計画の内容は費用対効果の観点からみても不可解なものである。
このように、本件変更計画の費用対効果についての検討や調査報告は全く不十分であって、本件変更計画はこの点においても違法である。
(被告の主張)
法八七条の三第六項は法八条四項を準用しておらず、事業の必要性及び費用対効果は、国営土地改良事業の変更計画の要件ではない。
したがって、事業の必要性及び費用対効果の有無は、本件訴訟の審理の対象外であり、この点に関する原告らの主張は、主張自体失当である。
(二) 本件事業の受益面積が本件変更計画により施行令四九条一項所定の基準面積を下回ることによる本件変更計画の違法性の有無(本案の争点1(二))
(原告らの主張)
施行令四九条一項は、国営土地改良事業につき、受益地の面積が一定の規模以上であることを要求している。これを本件事業に当てはめると、受益面積が、用排水事業についてはおおむね三〇〇〇ヘクタール以上、区画整理事業についてはおおむね二〇〇ヘクタール以上、農地造成事業についてはおおむね四〇〇ヘクタール以上でなければならない。
当初計画段階においては右各事業とも右基準を満たしていたが、本件変更計画段階においては、用排水事業が三一一〇ヘクタールから二八二〇ヘクタールに、区画整理事業が五六〇ヘクタールから五〇ヘクタールに、農地造成事業が四八〇ヘクタールから一九〇ヘクタールにそれぞれ変更され、右基準を大幅に下回っている。
国営土地改良事業においては、その費用の相当部分を国が負担することになるため、国費を投じるにふさわしい規模を有することでなければならない。施行令四九条一項は「おおむね」という文言を用いているが、右のような大幅な基準の割り込みを是認するものではない。
したがって、本件変更計画は、法八五条一項、施行令四九条一項に違反しており、違法である。
(被告の主張)
施行令四九条一項一号等は、法八五条一項に基づき三条資格者が国営土地改良事業として申請するに当たっての要件を定めたものであり、国営土地改良事業の変更計画には適用されない。
したがって、この点に関する原告らの主張は主張自体失当である。
(三) 本件公告手続の違法性の有無(本案の争点1(三))
(原告らの主張)
本件公告手続は、三条資格者に対し個別になされたものではなく、事前にすべての三条資格者を対象に回覧に付されたものでもない。原告らが公告されていることを知ったのは、早くて平成六年二月一〇日であり、同日から同月一四日までの間、祝日、土曜日及び日曜日を除くと、実質的に公告事項の閲覧が可能であったのは、二日間だけである。しかも、公告の方法は、関係市町村の市役所又は町村役場のガラス張りの掲示板に、書面を全部開いて掲示することなくつり下げていたにすぎないもので、到底その内容をうかがい知ることはできなかった。
したがって、本件公告手続には、法八七条の三第一項の趣旨に反する重大な瑕疵があるというべきである。
(被告の主張)
法八七条の三第一項所定の公告は、三条資格者に対し個別にされるべきものではない。また、公告期間とは、土地改良法施行規則(以下「施行規則」という。)六一条の八の三、八条が規定するとおり、市町村の事務所の掲示場に掲示した期間をいうのであって、個々の三条資格者が実際に知った日から起算するものではなく、祝日等を除外して計算するものでもない。
したがって、本件公告手続に違法はない。
(四) 同意取得手続の違法性の有無について
(1) 三条資格者の特定に関する違法性の有無(本案の争点1(四)(1))
(原告らの主張)
同意取得手続が憲法の保障する重要な人権にかかわるものであることからすれば、その同意を得るべき対象者である三条資格者は、厳格に特定されていなければならない。施行規則六一条の九、九条一項は、同意を得るには三条資格者の総数を記載した同意署名簿に三条資格者の署名及び押印を得なければならないと規定しているが、これは、同意を得る前の段階で三条資格者を特定し、その総数を記載した同意署名簿を作成した上で、同意取得手続をすることを要求する趣旨と解すべきである。そして、三条資格者の中に一人でも同意署名簿に記載されず同意するかどうかの意思表示をする機会を与えられなかった者がいた場合には、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否にかかわらず、土地改良事業変更計画を違法なものとして取り消すべきである。
ところが、被告は、三条資格者の確認に当たり、<1>統一的な指針を示すこともなく関係市町村に三条資格者の確認作業を委託したまま任せきりにし、関係市町村がした確認作業の結果の点検もしておらず、また、<2>三条資格者の特定の前提となる農用地・非農用地の区別を土地の現況で決すべきであるのに、単に農地基本台帳、土地原簿、登記簿で確認したにすぎなかったのであり、さらに、<3>時間の経過により三条資格者となるべき者が変動することが当然予想されるのに、同意取得手続を開始する約一年前に三条資格者を確認したきりで、その後の三条資格者の変動を考慮していなかった。
右のような同意取得手続の中で被告が作成した同意署名簿(以下「本件同意署名簿」という。)が真の三条資格者を記載したものであるとは到底考えられない。現に、被告が第五準備書面で認めただけでも、用排水事業で一九八名、区画整理事業で八九名、農地造成事業で一〇名の者が、三条資格者であるにもかかわらず本件同意署名簿に三条資格者として記載されず同意するかどうかの意思表示の機会を与えられていなかったことが判明している。しかも、この中には死者を三条資格者と誤認したものもあり、このような場合には、相続関係や使用収益権の設定の有無を確認する必要があるにもかかわらず、本件ではそのような確認がなされておらず、本来の三条資格者がだれであったのか、今なお特定されていないのである。
以上からすれば、本件変更計画は違法であるというべきである。
(被告の主張)
被告がした三条資格者の確認に欠けるところはなく、この点に違法はない。
被告は、関係市町村に三条資格者の整理業務を委託し、その結果をもって三条資格者を確認した上で、同意取得手続を行ったが、これは、三条資格者を確認する方法としては通例のものであり、原告ら主張の<1>の批判は当たらない。また、被告は、法三条の趣旨に沿って、三条資格者の確認の前提となる農用地と非農用地との区別をしており、原告ら主張の<2>のような違法はない。さらに、原告ら主張の<3>については、手続の違法を基礎づける事由とはなり得ないものというべきである。なお、被告は、三条資格者の確認作業を一応完了した平成五年四月以降も可能な限りで三条資格者の変更の把握に努めており、また、同意取得時に三条資格者に変更があったことが判明した場合は、三条資格者を修正することにしていた。実際には、一部の三条資格者の変更を把握できず、本件変更計画時に三条資格者でない者を三条資格者として扱ったり、三条資格者を三条資格者として扱っていなかったりした場合が生じたが、これも、三条資格者以外の者によってなされた同意を除外すれば足りるのであって、本件変更計画の手続全体を違法とするものではない。
原告らは、三条資格者の中に一人でも同意署名簿に記載されず同意するかどうかの意思表示をする機会を与えられなかった者がいた場合には、法八七条の三第一項所定の三分の二以上の同意の要件の成否にかかわらず、土地改良事業変更計画が違法となると主張している。
しかしながら、右主張は、三条資格者であるにもかかわらず同意署名簿に記載されず同意するかどうかの機会を与えられていなかった者以外の者にとっては、他人の利益に関するものであり、自己の法律上の利益と関係のないものであるから、行訴法一〇条一項によりこの点を違法事由として主張することはできない。
また、三条資格者の一部の者が同意署名簿に記載されず同意するかどうかの機会を与えられていなかったという手続上の瑕疵があったとしても、結果として三条資格者の三分の二以上の同意が得られているのであれば、本件変更計画は取り消すまでの違法性を帯びるものとはいえない。本件では、結果として三条資格者の三分の二以上の同意が得られている上、被告が本件変更計画時に三条資格者として把握していた者に対しては漏れなく同意取得手続を行っていること、三条資格者であるにもかかわらず同意取得手続を行わず本件同意署名簿に氏名を登載されなかった者は、被告の通常の調査で把握し得なかったわずかの者に限られていることからすれば、本件変更計画に取り消すべき違法があるとはいえない。
(2) 同意署名簿に添付すべき書類が欠けていたことによる違法性の有無
(本案の争点1(四)(2))
(原告らの主張)
施行規則六一条の九、九条二項は、同意署名簿には、法五条二項により公告した事項、すなわち、変更後の土地改良事業計画の概要及び予定管理方法その他必要な事項等を記載した書面を添付しておかなければならないと規定している。ところが、本件同意署名簿には何らの書面も添付されていなかった。
この点について、被告は、同意取得手続に際し、三条資格者に「人吉・球磨に水を活かす(国営川辺川総合土地改良事業の計画変更のしおり)」と題する書面(<証拠略>以下「本件パンフレット」という。)を用いるなどして説明したと主張している。
しかしながら、同意署名簿に添付すべき書面は、公告した事項そのものを記載したものであって、公告後に作成されたものでなければならないところ、<1>本件パンフレットには、公告した事項そのものが記載されていたわけではない。また、<2>本件パンフレットには、受益者にとって最も関心のある重要事項、例えば、既存の水路や水利権が本件土地改良事業によって一体どうなるのか等について何ら記載されていない。さらに、<3>本件事業の関連事業に関する情報については、三条資格者が関連事業も含めた全体が無料となる旨誤信することをねらって、意図的に記載していないのである。このように、本件パンフレットは、三条資格者が同意するかしないかを判断するに当たって必要かつ十分な情報が網羅されたものではなく、公告された事項を記載した書面とはいえない。しかも、<4>本件パンフレットは、被告が平成五年七月から同年一一月にかけて関係市町村の四六会場で実施したという説明会の資料として作成されたものであって、公告後に作成したものでもない。
したがって、本件パンフレットは、同意署名簿に添付すべき書面には当たらないから、同意取得手続には、施行規則六一条の九、九条二項に反する重大な違法があり、同意の効力自体も認められないというべきである。
(被告の主張)
施行規則六一条の九、九条二項の趣旨は、土地改良事業の計画変更について三条資格者から同意を得る際に、三条資格者に対し変更計画の概要等について必要かつ十分な情報を提供して、右同意の判断に資することにある。したがって、同条項にいう「公告した事項を記載した書面」とは、三条資格者が同意をするかどうかを判断する上で必要かつ十分な情報が盛り込まれていればよく、公告した事項の要旨を記載した書面で足りるというべきである。また、同条項にいう「添附」とは、必ずしも同意署名簿に物理的に一体化することに限られず、三条資格者が同意署名簿に署名押印する際に右書面を交付することも含むと解すべきである。
本件パンフレットは、三条資格者が同意するか否かを判断する上で必要かつ十分な事項を簡潔に記載した書面で、公告された<証拠略>の関係書類の要旨を記載したものであり、右規定の趣旨に沿うものであるから、公告した事項を記載した書面に該当する。被告は、本件パンフレットを作成し、同意取得担当者が三条資格者一人一人にこれを交付し、これに基づいて本件変更計画の内容を説明したが、これは、右規定による手続を行ったものにほかならない。
なお、施行規則六一条の九が準用する同規則九条二項の規定は、訓示的な意味を有するにすぎず、仮に同条項と異なる取扱いがあったとしても、そのことをもって直ちに同意取得手続が違法となるものではない。
(3) 同意署名簿の記載事項の不備による違法性の有無(本案の争点1(四)(3))
(原告らの主張)
三条資格者から同意を得るには、同意署名簿に<1>事業名及び公告年月日、<2>すべての三条資格者の氏名及び三条資格者の総数、<3>三条資格者が受益地に有している権利の種別(所有権かそれ以外の権利か)、<4>当初計画との関係での区分(継続・新規・除外)が記載されていなければならないものというべきである。
しかしながら、本件同意署名簿には、三条資格者の総数が記載されておらず、施行規則六一条の九、九条一項に反している。のみならず、本件同意署名簿の中には、例えば、<証拠略>の宮原誠の署名押印のように、署名押印の外には何ら前記必要事項の記載がないものがあり、また、須恵村では、必要事項の記載が全くなされていない状態で同意の署名押印がなされていたことも判明しているのであって、同様の事態は、須恵村以外でもあったと考えられる。
したがって、同意取得手続には重大な違法があるというべきであり、本件同意署名簿のすべてが無効であるか、少なくとも本件同意署名簿のうち須恵村の部分(<証拠略>)については無効であるというべきである。
(被告の主張)
施行規則六一条の九、九条一項は、同意署名簿の様式等について規定しているが、これは、専ら変更計画を決定する事業施行者の事務の便宜のための訓示的な規定であって、仮に、同意署名簿が右規定に違反したとしても、直ちに違法の問題は生じず、同意署名簿が同意の対象である国営土地改良事業の変更計画についてのものであることが明確になっていさえすれば、同意署名簿ないし同意の効力には何ら影響を及ぼすものではないというべきである。
本件同意署名簿は、その記載上からも、本件計画変更についての同意署名簿であることを十分認識できるものであり、同意の対象が明確に示されているから、同意の有効性に何ら支障を来すものではない。
なお、同意取得手続は、多くの場合、同意署名簿に三条資格者が受益地に有している権利の種別や当初計画との関係の区別をあらかじめ記載された上で行われたが、同意取得時にこれらが記載されていなかったとしても、同意取得時には、三条資格者に対し、本件パンフレットや事業種別受益者調書、三条資格者早見表、名寄調書等を用いて、<1>本件変更計画の内容、<2>本件事業の負担金、<3>本件計画変更によって当該三条資格者の土地が本件事業の施行区域から除外となるのか、引き続き継続となるのか、新規編入となるのか等の説明がなされており、三条資格者は、このような同意取得担当者からの説明等によって三条資格の内容はもとより当初計画との関係についても十分知った上で同意署名したものであるから、その同意が無効となることはない。
(4) 同意署名の瑕疵による違法性の有無(本案の争点1(四)(4))
(原告らの主張)
施行規則九条一項は、同意取得手続について、同意署名簿に三条資格者の署名(記名を含む。)及び押印を得なければならないと規定しているが、土地改良事業における三条資格者の同意の重要性にかんがみれば、三条資格者本人が同意したことが明らかになるように、右の署名は、原則として本人が自らしなければならず、例外的に第三者が本人に代わって署名をする場合には、その旨を明記すべきである。
この点、本件同意署名簿の署名の中に第三者が本人に代わって署名したものがあることは、被告も自認しているが、第三者が本人に代わって署名した旨の記載がなされているものは一切存在せず、本人が自ら署名したものと第三者が本人に代わって署名したものとの区別ができなくなっている。このような自署と代署の区別さえつかない同意署名簿は、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意を得たことの証拠となり得るものではなく、同意取得手続は違法である。
(被告の主張)
施行規則九条一項は、署名には記名を含むことを明記しているが、記名とは、文書上に自己の名称を自筆以外の方法で記載することであって、本人が第三者をして本人の名称を記載させる場合も含まれるものと解される。したがって、第三者が本人に代わって本人の名称を記載した場合にその旨の記載をしなかったからといって、その同意署名が無効となるものではなく、自署と代署の区別がつかないからといって、同意取得手続が違法となるものでもない。
(5) 同意取得時の説明義務違反による違法性の有無(本案の争点1(四)(5))
(原告らの主張)
(イ) 被告は、同意取得手続に際し、三条資格者に対して、一定の事項を説明する義務があるが、その説明義務の範囲は、本件事業に関する事項に限られるものではない。そもそも、本件事業のように、国営土地改良事業と併せて県営及び団体営で土地改良事業が施行される場合、三条資格者は、県営及び団体営で行われる関連事業を含む事業全体の費用負担について情報の提供を受けなければ、同意・不同意の判断ができない。また、本件事業で三条資格者に費用負担がないといっても、これは建設費に関してのみであり、建設後の維持費など無料ではないし、本件事業に関する費用も最終的に三条資格者に求償されていくという関係にある。すなわち、国営土地改良事業の費用負担について、国は政令の定めるところにより都道府県に費用の一部を負担させることができ(法九〇条一項)、都道府県は、条例でその費用を全部又は一部を受益者である三条資格者などから受益の限度で徴収するか(同条二項)、土地改良区から負担金に相当する金銭を徴収するか、又は市町村にその負担金を負担させることができる(同条四項、五項)。そして市町村は条例でこの負担金を右の者から徴収することができるとされているのである(同条六項)。
以上からすれば、被告には、関連事業まで含めた費用の負担について説明義務があるというべきであり、このような説明をすることなく、形式的に同意の署名を得ても、同意取得手続は違法であり、同意も無効になるというべきである。
(ロ) ところが、被告は、三条資格者が費用負担をしなければならなくなると同意を取れなくなると判断して、あたかも費用がかからないかのような説明をして同意を取得した。すなわち、被告は、費用負担に問題意識を有している三条資格者に対しては、関連事業に参加しなくてもいいとの虚偽の説明をし、費用負担につき問題意識を有していない三条資格者に対しては、単に国営事業の費用負担がなくなったとのみ説明し、あたかも費用負担が生じないかのような誤解をさせ、同意を取得したのである。
また、<証拠略>によれば、川辺川ダム建設の総事業費のうち約一〇億円が受益農家の負担となるのに、この費用についても説明がなされていなかったことが明らかとなっている。
このように、被告が、関連事業はもとより川辺川ダム建設に関する受益者の費用負担についても説明しておらず、説明義務違反があることが明らかである。したがって、同意取得手続には重大な違法があり、取得された同意もすべて無効であるというべきである。
(ハ) これに対し、被告は、被告が同意取得手続において説明すべき範囲は本件事業の変更計画に限定されると主張している。
しかしながら、同意署名簿に公告した事項を記載した書面が添付されていなかったことは、本案の争点1(四)(2)で述べたとおりであり、このことは、被告が主張する範囲の説明すらなされていなかったことを示すものである。
また、本件パンフレットの問題点についても右争点において述べたとおりであって、三条資格者に本件パンフレットを交付したことによって、説明義務が果たされたことにはならない。
しかも、現実には、本件パンフレットを使っての説明さえ行われなかったことが、原告本人尋問によって明らかになっている。
(被告の主張)
(イ) 土地改良事業について、その事業種別、事業主体別に行う構造を採っている法の仕組みなどにかんがみると、被告が三条資格者から変更計画について同意を取得する際に公告等の方法により説明すべき範囲は、同意の対象である当該事業の変更計画の概要(予定管理方法等を変更する必要があるときは変更後の予定管理方法等を含む。)に限定され、管理事業や関連事業についてまで説明する義務はない。
用排水施設の新設事業の完成後に予定される右施設の管理を内容とする土地改良事業は、本件事業の対象外であり、別途設立される土地改良区によって行われるものである(その事業では別途同意取得が行われ、三条資格者はその際に賛否の意見を表明できる。)。また、用排水施設の関連事業として予定されている県営事業・団体営事業も、本件事業とは別個の事業であり、別個の手続にのっとって実施されるものである(したがって、その事業でも別途同意取得が行われ、三条資格者はその際に賛否の意見を表明できる。)。これらの本件事業以外の事項について、被告に説明義務はないというべきである。
(ロ) 被告は、右の説明義務を尽くして同意取得をしている。
すなわち、被告は、同意取得に先立ち、本件変更計画の内容を周知するために地域ごとに説明会を実施した。その際、<1>本件事業の内容、<2>本件事業と関連事業との関係、<3>本件変更計画によって施行地域から除外される地域、引き続き施行地域となる地域、新たに施行地域となる地域、<4>当初計画と本件変更計画の工事計画の内容及び相違、<5>本件事業によって設置される施設の維持管理、<6>本件事業の負担金の負担区分の変更内容及び本件事業に係る農家の負担額やその償還の方法、<7>関連事業の実施方法等について十分な説明をした。その上で、被告は、関係市町村や事業組合に同意取得作業を依頼した。関係市町村は、それぞれ同意取得の体制を整えた上で、組織的に同意取得手続を行った。同意取得担当者は、被告及び関係市町村の指示どおりに、三条資格者から同意を取得する際に、本件パンフレット等を交付した上、これに基づいて本件変更計画の内容を説明して同意の署名押印を得た。
(ハ) 原告らの中には、本件パンフレットをもらっていないとか、その記憶がないなどと供述している者がいる。しかしながら、これは、これらの原告らの同意署名時の記憶があいまいになったり、失われたりしたにすぎないものと考えられるのであって、被告が本件変更計画について説明を十分尽くした上で同意取得をした事実を覆すものではない。
(五) 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否
(1) 三条資格者の人数(本案の争点1(五)(1))
(被告の主張)
(イ) 三条資格者の人数は、用排水事業については三九〇四名、区画整理事業については一四六九名、農地造成事業については八七九名である。
(ロ) 被告が本件変更計画決定時までに行った三条資格者の確認手続は次のとおりである。
まず、九州農政局川辺川農業水利事業所(以下「事業所」という。)が、平成四年二月二四日、関係市町村に対し、本件事業の計画変更のための受益地域の調査を依頼し、これに対する関係市町村の調査結果に基づき、本件事業の受益地を、計画変更後も引き続き本件事業の施行地域に含まれる土地(以下「継続地」という。)、計画変更により新たに施行地域に編入される土地(以下「編入地」という。)、計画変更により施行地域から除外される土地(以下「除外地」という。)に区分した変更計画受益地平面図を作成した。
次いで、事業所は、関係市町村に右変更計画受益地平面図を交付した上で、同年九月一日付けで三条資格者の整理業務を委託したが、これに先立つ同年七月一六日、関係市町村の右業務担当者を招集して会議を開催し、右業務の作業手順や三条資格者整理の基本的な考え方等について、以下の説明を行った。すなわち、<1>右変更計画受益地平面図、市町村で所有する一筆ごとに地番を示した図面(以下「字図」という。)、本件事業を開始するに当たって作成された昭和五八年当時の土地原簿(以下「旧土地原簿」という。)を基に、土地登記簿等で確認しながら本件変更計画に係る新たな土地原簿(以下「新土地原簿」という。)を作成する、<2>右新土地原簿を基に、名寄調書及び事業種別受益者調書を作成する、<3>三条資格者の整理に当たっては、農用地は基本的には耕作者を三条資格者として整理し、新たな農地造成事業に係る土地は所有者を三条資格者として整理する、<4>三条資格者の整理に当たって疑問点が生じた場合には、事業所の担当者に照会するなどである。
その後、事業所は、平成五年一月一四日、関係市町村の担当者から三条資格者の整理作業の進捗状況について説明を求めるとともに、右担当者との会議で三条資格者の整理を行う上での問題点を検討し、整理方法を指導した。
関係市町村の担当者は、これ以外の機会にも、三条資格者の整理を行う途中で疑問点が生じたときには事業所に照会し、事業所の指導を受けた。その結果、関係市町村は、変更計画受益地平面図、字図及び旧土地原簿、土地登記簿、土地課税台帳、農地基本台帳等を用いて、本件変更計画に係る新土地原簿を作成した。そして、関係市町村は、新土地原簿に基づいて、新たな名寄調書及び事業種別受益者調書を作成し、平成五年三月、事業所に対し、その結果を報告し、事業所は、右報告に基づいて三条資格者を確認した。
なお、被告は、平成五年四月以降も三条資格者の変更の把握に努め、三条資格者に変更があったことが判明した場合には、三条資格者を修正した。
以上の結果、被告は、本件変更計画時において、本件同意署名簿に記載されている者を三条資格者として把握したのであり、その人数は、用排水事業については三九二二名、区画整理事業については一四七六名、農地造成事業については八八一名であった。
(ハ) しかし、その後の調査で、被告が本件変更計画時に三条資格者と把握していた者の中に、右時点において既に死亡していたり、農業経営を他の者に移譲していたり、受益地の権利関係の変動が生じるなどしたために、三条資格者でなくなっていた者が含まれていたことが判明した。また、右のように三条資格者から除かれるべき者が判明したことなどに伴い、三条資格者として扱われるべきであったのに、三条資格者であると把握されていなかった者がいることが判明した。
被告は、これを踏まえて、三条資格者の人数につき訂正を加えた上、三条資格者の人数につき右(イ)のとおりと主張するものである。
(ニ) なお、農用地については使用収益権者が三条資格者となることから、三条資格者が死亡して共同相続が生じたとしても、新たに三条資格者となるのは一人の使用収益権者であるというべきである。また、非農用地については、原則として所有者が三条資格者となるが、三条資格者が死亡して共同相続が生じた場合であっても、遺産分割によって所有者が確定的に複数とならない限り、当該土地の三条資格者は従前どおり一人として扱うべきである。
(ホ) したがって、本件変更計画時に三条資格者として把握されていた者の人数から、三条資格者でなかったことが判明した者の人数を差し引き、これに新たに三条資格者であったことが判明した者の人数を加えたのが三条資格者の総数であり、右(イ)のとおりである。
(原告らの主張)
(イ) 被告が本件変更計画時までに行った三条資格者の確認手続に問題があったことは本案の争点1(四)(1)で述べたとおりであり、本件同意署名簿に記載された者が真の三条資格者であるかどうかは疑わしい。現に、三条資格者であるのに本件同意署名簿に記載されていなかったり、三条資格者でないのに三条資格者として本件同意署名簿に記載されている者が相当数いることが判明しているところである。
被告は、本件訴訟の中で、三条資格者であるのに本件同意署名簿に記載されなかった者及び三条資格者でないのに三条資格者として本件同意署名簿に記載されている者を指摘しているが、このような者がこれですべてであるとはいえない。
(ロ) また、三条資格者として把握されていたが本件変更計画時に既に死亡していた者が相当数いることが判明しているが、このような場合は、相続人の一人を三条資格者として扱えば足りるというものではない。遺産分割協議が整うまでは共同相続人全員を三条資格者として扱うべきである。にもかかわらず、被告は、右の死亡者の相続関係について主張立証していないのであるから、被告主張の三条資格者の人数は正確なものであるとはいえない。
これに対し、被告は、共同相続が生じた場合でも三条資格者は一人であると主張しているが、右主張は、民法の均分相続の原則を無視したものである。
(ハ) したがって、被告が正確な三条資格者の総数について主張・立証したとはいえず、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意が得られたことの立証もなされていないというべきである。
(2) 三条資格者のうちの同意者の人数(本案の争点1(五)(2))
(被告の主張)
被告は、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意を得た。すなわち、用排水事業については三二〇五名(同意率八二・一パーセント)の、区画整理については一二五九名(同意率八五・七パーセント)の、農地造成事業については八二八名(同意率九四・二パーセント)の三条資格者から、本件変更計画についての同意を得たものである。なお、右の同意者数は、<1>本件変更計画時に三条資格者であると把握されていたが、その後の調査で三条資格者でなかったことが判明した者名義の同意を除き、かつ、<2>本件変更計画時に三条資格者と把握されていなかったがその後の調査で三条資格者であったことが判明した者及び同意を撤回した者を不同意者として扱うなど、同意者数を最も少なく見た場合の数字である。
これに対し、原告らは、本件同意署名簿のうち、用排水事業につき合計五一六名、区画整理事業につき合計二〇二名、農地造成事業につき合計一二六名の同意署名の成立を否認している。
しかしながら、本件同意署名簿の同意署名は、原則として本人が自らしたものであり、例外的に、家族や同意取得担当者が代筆したり、代わりに押印したりしたものもあったが、このような場合においても、同意署名はすべて三条資格者の意思に基づいてなされており、同意取得担当者が無断で記名押印したものはない。
(原告らの主張)
被告が申請した証人藤本宜彦、同友田政春、同丸山善利、同伊津野幸一の尋問の結果等によっても、被告が行った同意取得手続のずさんさを露呈しただけであって、適法に同意取得が行われたことの証拠はない。
また、原告らが調査した限りにおいても、少なくとも、本件同意署名簿に氏名が記載されている者のうち、用排水事業について合計五一六名、区画整理事業について合計二〇二名、農地造成事業について合計一二六名は、同意の署名をしていない(その内訳は、原告らの平成一〇年六月一七日付け書証認否書(同意調書その二)記載のとおりであり、右各合計人数は、署名押印部分の成立を否認するが印影は認める者と、署名押印部分の成立を否認し印影も否認する者の合計である。)。
(3) 同意の無効原因の有無1―同意が説明義務違反により無効になるか否か(本案の争点1(五)(3)について)
(原告らの主張)
本案の争点1(四)(5)で述べたとおり、被告は同意取得手続を行うに当たって三条資格者に対し説明義務を果たしておらず、同意取得手続には重大な違法があるというべきであるから、三条資格者から得られた同意もすべて無効というべきである。
(被告の主張)
被告が同意取得手続において果たすべき説明義務の範囲及び被告がその説明義務を果たしていることは、本案の争点1(四)(5)で述べたとおりであり、三条資格者から得られた同意が無効となるものではない。
(4) 同意の無効原因の有無2―同意が錯誤により無効になるか否か(本案の争点1(五)(4)について)
(原告らの主張)
本件同意署名簿に氏名が記載されている者のうち、錯誤により同意の署名をした者が、用排水事業について五四六名、区画整理事業について一九〇名、農地造成事業について一〇四名いる。錯誤の主な態様は、本件同意署名簿の権利区分欄や区分欄の記載がない白紙同様の用紙に署名した場合や、同意取得担当者の「負担金は一切いらない。」、「県営・団体営の事業には参加しなくてもよい。」、「あなたの農地は対象地域から除外された。」、「国営事業は中止になった。」等の説明を信じて署名した場合である(錯誤により署名した者及びその錯誤の内容については、原告らの平成一〇年六月一七日付け書証認否書(<証拠略>)記載のとおりである。)。
(被告の主張)
三条資格者の同意につき、民法九五条が類推適用される余地があるとしても、錯誤により無効となるためには少なくとも同条にいう「法律行為ノ要素」に錯誤があることを要する。
しかしながら、原告らが主張する錯誤の理由の中には、「その他」という項目を挙げるだけで何ら錯誤の理由を主張していないものがある上、その他の錯誤の理由もすべて抽象的な主張にとどまり、各人ごとの具体的な主張も欠いており、主張自体失当である。
また、原告らの指摘する錯誤の理由を個別に検討しても、原告らの錯誤の主張は理由がない。
錯誤の理由のうち「負担金は一切いらない。」というものについては、本件事業のうち用排水事業についてはそのとおりなのであるから、何ら錯誤はない。仮に、その後に予定される管理事業の賦課金や県営・団体営の関連事業についての償還金も含めて無償であると誤信したとの趣旨であるとしても、同意取得担当者が、管理事業や関連事業を含めた説明をしたわけではなく、原告らがこのような意味に理解して錯誤に陥ったとは到底考え難い。万一、原告らのうちにそのような錯誤に陥った者がいたとしても、このような錯誤は動機の錯誤にすぎず、要素の錯誤に当たらない。
また、錯誤の理由のうち「県営・団体営の事業には参加しなくてもよい。」というものについては、本件変更計画に同意したからといって、本件事業とは別個の事業である県営・団体営の事業に同意しなければならないものではないから、この点に何ら錯誤はないというべきである。
また、錯誤の理由のうち「あなたの農地は対象地域から除外された。」というものについては、その意味内容が不明である。
さらに、錯誤の理由のうち「国営事業は中止になった。」というものについては、同意取得担当者がこのような説明をしたことはなく、原告らがこのような錯誤に陥ったとは到底考え難い。
したがって、同意が錯誤により無効になるということはできない。
(5) 同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をした場合に、その者を同意者として扱うべきか否か(本案の争点1(五)(5)について)
(原告らの主張)
被告が同意者として扱っている者の中には、同意を撤回した後に同意の撤回を取り下げる旨の書面を提出した者が含まれている。しかしながら、右書面を提出した者の真意が同意の効力を復活させることにあったかどうかは疑問であって、同意を撤回した以上は、同意の法的効力は失われ、その後に同意の撤回を取り下げる旨の意思表示をしても、同意の法的効力が復活するものではないというべきである。
したがって、同意の撤回をした者は、同意の撤回を取り下げる旨の書面が提出されているかどうかにかかわらず、不同意者として扱うべきである。
(被告の主張)
同意を撤回した者が、本件変更計画決定前に同意の撤回を取り下げた場合には、同意の撤回は効力を失い、当初の同意の効力が復活すると解すべきである。
また、同意の撤回の取下げができないという見解によるとしても、<証拠略>の同意撤回を取り下げる旨の通知は、自らを同意者として扱うことを求めるものであるから、同意を撤回した後、再度新たに同意する旨の意思を表示し、併せて、新たな同意の署名押印として当初の同意の署名押印を流用する旨の意思を表明したものと解される。したがって、同意の撤回の取下書と当初の同意の署名押印をもって三条資格者の同意として扱うことには、何らの問題もない。
なお、同意撤回の取下者ないし再撤回の取下者を同意者から控除しても、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件を充足していることには変わりがない。
2 本件決定固有の違法性の有無について
(一) 本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過してなされたことによる違法性の有無(本案の争点2(一))
(原告らの主張)
法八七条の三第一〇項、八七条七項は、国営土地改良事業の変更計画についての異議申立てを受けたときは、農林水産大臣は、同条五項に規定する縦覧期間満了後六〇日以内に決定しなければならないと規定している。右規定は、土地改良事業について可及的速やかに法律関係の安定を図る趣旨のものであり、右規定を訓示規定と解するとしても、その趣旨は十分に尊重されなければならないから、例外的に決定期間を徒過する場合であっても、可及的速やかに決定が下されるべきである。
ところが、被告は、縦覧期間満了から一年三か月余りも経過した平成八年三月二九日に本件決定しており、右規定に定められた期間を大きく徒過している上、本件異議申立ての審理経過に照らしても可及的に速やかに本件決定がなされたものともいえないから、本件決定は違法である。
(被告の主張)
法八七条の三第六項、八七条七項の趣旨は、土地改良事業が多数の権利者、関係人などに影響をもたらすものであることから、できる限り速やかに決定をすることによって、三条資格者が決定について訴えを早期に提起することを可能とし、併せて法律関係の早期確定を図る趣旨に出たものである。このような趣旨にかんがみると、右規定は訓示規定であり、これに反しても直ちに違法の問題は生じないと解するのが相当である。
実質的に考えても、本件のように、多数の者から異議申立てがあり、かつ、これらの者から口頭による意見陳述の申立てがあった場合には、法定期間内に異議申立人らから意見を聴き、これを基にした調査を行った上で決定を行うことは事実上不可能である。また、法定期間経過後にされた決定を取り消したとしても、三条資格者の訴え提起の機会の早期保障の観点からも、法律関係の早期確定の観点からも、何ら問題の解決にならない。
したがって、六〇日の法定期間を経過した後に本件決定がされたことは、何ら本件決定を違法として取り消すべき理由とはならない。
(二) 本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかったことによる違法性の有無(本案の争点2(二))
(原告らの主張)
(1) 行審法二五条一項ただし書は、審査請求の審理について、審査請求人から申立てがあったときは、審査庁は、申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならないと規定し、右規定は、同法四八条により異議申立ての審理にも準用されている。
異議申立人らは、本件異議申立人全員について各一〇分間ずつ意見陳述の機会を与えるよう申立てを行った。ところが、三回の口頭審理の結果、異議申立人らのうち延べ二八五名(陳述を行った異議申立人二五二名)しか口頭で意見陳述をすることができなかった。そこで、異議申立人らは、四回目の口頭意見陳述の機会を設けるよう文書をもって申し入れた。
しかし、被告は、平成八年三月二九日、更なる口頭による意見陳述を行わない旨の通知をし、それ以上の意見陳述を機会を与えることなく本件決定をした。
(2) なお、被告は、本件異議申立人にはそれぞれ弁護士を含む代理人がつき、各代理人が整理して本件異議申立人の意見を陳述することも可能であったなどと主張している。
しかしながら、本件同意署名簿が作成された具体的事情の陳述のように、異議申立人本人でしか行い得ない行為もあり、また、代理人が出頭していない異議申立人の意見陳述まで代理したものではない。さらに、異議申立人が本件同意署名簿に署名した際に錯誤に陥っていた場合のように、錯誤に陥った事情は、同意取得担当者の説明や異議申立人の対応の仕方により様々であり、具体的事情を陳述しなければ錯誤の内容は明らかにならない。加えて、被告は、異議申立人ら代理人に対してしか口頭による意見陳述の開催日程を通知していない。そのため、異議申立人らの多くは、意見陳述が行われることを知らされておらず、実質的に意見陳述を行う機会を保障されなかった。
(3) したがって、本件決定には、本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかった違法がある。
(被告の主張)
(1) 行審法は、同法二五条一項ただし書所定の口頭意見陳述の機会の保障の仕方について何ら規定しておらず、これについては処分庁の合理的裁量にゆだねられていると解するのが相当である。
(2) 被告は、以下のとおり口頭意見陳述の機会を保障した。
(イ) 被告は、異議申立人らから口頭による意見陳述を聴取するに当たって、あらかじめ、異議申立人らから意見陳述の日時、場所について要望を聞いた。
(ロ) 被告は、異議申立人らからの要望を考慮して、事前に異議申立人らに期日を通知した上で、平成七年二月一〇日から同月一二日まで、同年四月四日から同月六日まで及び同年八月二八日から同月三〇日までの延べ九日間(七二時間)にわたって口頭審理を行った。
(ハ) また、被告は、あらかじめ、代理人及び異議申立人らに対し、出席者全員が陳述できるようにするために各人の意見陳述を整理して行うよう指示した。特に、平成七年八月四日付けで三回目の口頭審理の日程の通知をする際には、代理人に対し、これを最終の機会とするので十分に陳述者の陳述を整理して臨むように指示した。しかし、異議申立人らは、同一の者が重複して意見陳述を行ったり、同一事由に関して繰り返して陳述したり、同一人が長時間陳述したりした。
(ニ) さらに、被告は、二回目及び三回目の口頭審理の各最終日には、いずれも聴取時間の延長を申し出て、出席者全員の口頭意見陳述の機会の保障について配慮した。しかし、異議申立人らは、二回目の口頭審理の初日には、代理人の都合で終了予定時間よりも一時間余り早く意見陳述を終了し、さらに、二回目及び三回目の口頭審理の各最終日における被告の右時間延長の申出をいずれも断った。
(ホ) 現に意見陳述した者も、同趣旨、同内容の意見を繰り返すばかりであり、三回目の口頭審理の最終段階でも、出席者のうち意見未陳述者が既に陳述した者と異なる意見を陳述する様子はなかった。殊に、本件変更計画に同意していない者が、既になされた意見陳述と異なる意見を述べることは考え難い。また、意見陳述期日に出席したものの意見陳述をしなかった者が、意見陳述をした者と異なる意見を有していなかったことは、本件訴訟における原告らの訴状や準備書面をみても明らかである。
したがって、被告は、本件異議申立てをした原告らのうち、意見陳述期日に出席しなかった者に対してはもちろん、右期日に出席したものの意見陳述をしなかった者に対しても、口頭意見陳述の機会を十分に保障しているというべきであって、被告のした口頭意見陳述の機会の保障に何ら違法な点はない。
(3) なお、原告らのうち、本件異議申立人であって口頭意見陳述の申立てをし被告の指定した口頭審理の期日に出頭したものの意見陳述の機会を与えられなかった者の主張は、自己の法律上の利益に関係のないものであるから、行訴法一〇条一項により許されない。
(三) 行審法二五条一項ただし書の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を経ていないことによる違法性の有無(本案の争点2(三))
(原告らの主張)
行審法一六条は、口頭で審査請求がなされた場合、審査請求人から陳述を受けた行政庁は、その陳述の内容を録取し、これを陳述人に読み聞かせて誤りのないことを確認し、陳述人に押印させなければならないと規定しており、右規定は同法四八条により異議申立ての手続に準用されている。
右規定の趣旨は、記載内容の正確を期するためであるが、同法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述がなされた場合と、口頭による審査請求ないし異議申立てがなされた場合とで、記載内容の正確性が求められることには変わりはないのであるから、前者の場合にも、同法一六条に規定されているとおり、陳述内容を録取し、これを陳述者に読み聞かせて誤りのないことを確認し、陳述者に押印させなければならない。
しかしながら、被告は、平成七年八月二八日から同月三〇日までの三回目の口頭審理については、意見陳述をした異議申立人らに録取した内容が正確であることを確認させた上、異議申立人らの代理人にそれぞれ押印させるという手続を踏まず、口頭意見陳述録取書を完成させないまま、本件決定をした。
したがって、本件決定には、手続上に重大な違法があるというべきである。
(被告の主張)
行審法一六条後段は、口頭による審査請求がなされた場合の規定であり、同法二五条一項ただし書所定の意見陳述には適用されず、陳述された意見の録取に関する規定はない。そうすると、意見陳述の結果を録取するか否か、録取した場合に異議申立人に押印を求めるか否かは、専ら処分庁にゆだねられた事項であり、被告には、口頭意見陳述の録取書を作成する法的義務はないというべきである。
第三当裁判所の判断
【本案前の争点について】
一 本件異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えの適法性(本案前の争点1)
1 法八七条の三第六項、八七条一〇項は、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画に不服がある者は、当該変更計画に対する異議申立てについての決定に対してのみ、取消しの訴えを提起することができると規定しており、いわゆる裁決主義を採用している。これは、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画において定められる事項が専門的技術的な内容にわたるため、右異議申立てについての行政庁の判断を経ないで直ちに当該変更計画の取消訴訟を提起し得るとすることが妥当でないことから、当該変更計画に不服がある者は、まず異議申立てをし、異議申立てを棄却する旨の決定を受けた後に、右棄却決定の取消訴訟を提起し、右訴訟において当該変更計画の適否を争うべきこととした趣旨を含むものである。
このような法の仕組みなどにかんがみると、ある者が、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画に対して異議申立てをし、右異議申立てを棄却する旨の決定を受けた場合において、当該変更計画に対し異議申立てをしておらず右棄却決定の名宛人となっていない者が、右棄却決定の取消しを求める訴えを提起しても、両者が当該変更計画に対し一体的な利害関係を有し、実質的にみれば、右異議申立てが同時に異議申立てをせず棄却決定の名宛人となっていないのに訴えを提起した右の者のための異議申立てでもあるといえるような特段の事情がない限り、右訴えを適法な訴えと解することはできないというべきである。
2 これを本件についてみるに、別紙目録<略>記載の原告ら(別紙目録<略>記載の原告らから原告吉永春喜<証拠略>及び同黒川元輔(<証拠略>。なお、訴状別紙当事者目録<略>に「黒川六輔」とあるのは誤記)を除いた者)が本件変更計画に対する異議申立てをしておらず、したがって、また、これについての決定を受けてないことは証拠上(<証拠略>)明らかである。また、別紙目録<略>記載の原告ら(訴状別紙当事者目録<略>記載の二〇名。別紙目録<略>記載の原告らから原告坂口親、同太平倉人、同加納三一及び同牛塚重臣の四名を除いた者)は、本件変更計画に対して異議申立てをしているが、異議申立てを却下する旨の決定を受けているのみで(<証拠略>)、棄却決定である本件決定の名宛人となっていない(<証拠略>)。そして、これらの原告らについて、前記特段の事情の主張・立証もない。ちなみに、本件取消訴訟の対象は棄却決定のみであり、却下決定はその対象となっていない。
3 なお、原告らは、行訴法八条二項二号ないし三号に該当する事由があるから、異議申立てについての決定を受けていない原告の訴えも適法であると主張している。
しかしながら、同条項は、同法八条一項ただし書のいわゆる裁決前置主義が採られている場合に、裁決を経ないで原処分の取消訴訟を提起することができる例外を定めたものであって、そもそも原処分に対する取消訴訟が禁じられている裁決主義の場合に、同法八条二項二号ないし三号を適用ないし類推適用する余地はないものといわざるを得ない。
4 したがって別紙目録<略>記載の原告らの訴えは不適法であり、却下を免れない。
二 三条資格者でない原告の訴えの適法性(原告適格の有無及び異議申立前置の要件の成否―本案前の争点2)
1 法八七条の三第六項、八七条一〇項が、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画に不服がある者は、当該変更計画に対する異議申立てについての決定に対してのみ、取消しの訴えを提起することができると規定していることは前述のとおりであるが、右にいう「不服がある者」とは、取消訴訟の原告適格について規定した行訴法九条の「法律上の利益を有する者」と同義であると解される。そして、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁平成四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁、同平成九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二五〇頁等参照)。
2 ところで、別紙目録<略>記載の原告らについては、本件事業のいずれについても三条資格者に該当すると認めるに足りる証拠はない(後述する本案の争点1(五)(1)に対する当裁判所の判断参照)。
これに対し、原告らは、三条資格者でない原告であっても、本件事業の施行と密接不可分の関係にある川辺川ダムの建設によって、良好な環境を享受する権利を侵害され、また、洪水により財産権や生命・身体が危険にさらされることになるのであるから、本件変更計画の取消しを求めるにつき法律上の利益を有していると主張している。
しかしながら、法は、農用地の改良、開発、保全及び集団化に関する事業を適正かつ円滑に実施するために必要な事項を定めて、農業生産の基盤の整備及び開発を図り、もって農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資することを目的とし、土地改良事業の施行に当たっては、その事業は、国土資源の総合的な開発及び保全に資するとともに国民経済の発展に適合するものでなければならないと規定するが(法一条)、右規定から、原告らが主張する良好な環境を享受する権利等を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むことを読み取ることができないことはもちろん、他に、その趣旨を含むものと解することができる規定も法及び関係法令には見当たらない。加えて、川辺川ダムの建設は、特定多目的ダム法に基づき建設大臣によって行われる事業であって、本件事業と事実上密接に関連しているとはいえ、あくまで別の事業なのであるから、この点からも、原告らが川辺川ダムの建設によって侵害されると主張する良好な環境を享受する権利等を、個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むと解することはできない。
また、原告らは、三条資格者でない者でも、本件事業の施行に係る地域内にある土地に地上権、永小作権、賃借権等を有している者については、法律上の利益を有する者に当たるから、原告適格があるというべきであると主張している。
しかしながら、原告適格を有する者が三条資格者に限られるのかどうかはともかくとしても、原告らのうちだれがこれに該当しいかなる権利を有するのかについて、具体的な主張・立証がない以上、原告らの右主張は前提を欠くものといわざるを得ない。
3 なお、本件決定の名宛人である者は、本件変更計画の取消しを求めるにつき法律上の利益を有していなくても、本件決定の取消訴訟において原告適格を有しているといえるのかについて付言する。
確かに別紙目録<略>記載の原告らは、いずれも本件決定の名宛人となっている。しかしながら、たとえ本件決定の名宛人となっていても、本件変更計画の取消しを求めるにつき法律上の利益を有していない以上は、本件決定の取消訴訟を提起しても、自己の法律上の利益に関係のない違法事由の主張を制限した行訴法一〇条一項により、原処分である本件変更計画の違法を主張することができない。のみならず、本件変更計画の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しない者は、本件変更計画に対する異議申立ての適格も有していないことになるから、本件決定に固有の違法があることを理由に本件決定を取り消す旨の判決を得ても、結局、被告から異議申立てを却下する旨の決定を受けるほかなく、本件決定に固有の違法があることを理由にその取消しを求める利益を有しないものといわざるを得ない。
したがって、別紙目録<略>記載の原告らは、本件変更計画の取消しを求めるにつき法律上の利益を有していない以上、たとえ、本件決定の名宛人となっていても、本件決定の取消訴訟の原告適格を有しないものというべきである。
4 以上のとおりであって、別紙目録<略>記載の原告らの訴えは不適法であって、却下を免れない。
【本案の争点について】
一 本件変更計画の違法性の有無について
1 事業の必要性等について(本案の争点1(一))
(一) 法八七条一項は、三条資格者の申請に係る国営又は都道府県営の土地改良事業につき適当とする旨の決定をしたときは、農林水産大臣又は都道府県知事は、その決定に係る国営又は都道府県営の土地改良事業を行うため、土地改良事業計画を定めなければならないとし、同条三項は、右土地改良事業計画は、これに基づいて施行される土地改良事業が法八条四項一号の政令で定める基本的な要件(以下「基本的要件」という。)に適合するものとなるように定めなければならないと規定している。
そして、施行令二条は、基本的要件として、「当該土地改良事業の施行に係る地域の土じょう、水利その他の自然的、社会的及び経済的環境上、農業の生産性の向上、農業総生産の増大、農業生産の選択的拡大及び農業構造の改善に資するためその事業を必要とすること」(事業の必要性。同条一号)、「当該土地改良事業の施行が技術的に可能であること」(同条二号)、「当該土地改良事業のすべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」(費用対効果。同条三号)、「当該土地改良事業の施行に係る地域内にある土地につき法第三条に規定する資格を有する者(中略)が当該土地改良事業に要する費用について負担することとなる金額が、これらの者の農業経営の状況からみて相当と認められる負担能力の限度をこえることとならないこと」(同条四号)などを定めている。
なお、国営及び都道府県営以外の土地改良事業については、当該事業を開始するに当たり、認可申請を受けた都道府県知事が、土地改良事業計画が基本的要件に適合するかどうかを審査してその適否を決定することとされ(土地改良区の行う事業につき法八条、農業協同組合等又は三条資格者の行う事業につき法九五条三項、八条、市町村営事業につき法九六条の二第五項、八条)、また、土地改良事業計画を変更する場合においても、計画変更の認可申請を受けた都道府県知事が、基本的要件に適合するかどうかを審査してその適否を決定することとされている(土地改良区の行う事業につき法四八条九項、八条、農業協同組合等又は三条資格者の行う事業につき法九五条の二第三項、八条、市町村営事業につき法九六条の三第五項、四八条九項、八条)。
一方、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更しようとする場合の規定である法八七条の三は、法八条四項や八七条三項を準用する明文の規定を設けていない。しかしながら、土地改良事業計画が基本的要件に適合していなければならないことは、事業主体を問わず、また、当初計画か変更計画かを問わず、すべての土地改良事業計画に妥当するものであって、国営又は都道府県営の土地改良事業の変更計画だけが基本的要件に適合することを要しないというわけでないことは当然というべきである。また、当初計画時に基本的要件の適合性が審査されているからといって、変更計画が審査するまでもなく当然に基本的要件に適合するものともいえない。法八七条の三第六項が準用する法八条二項及び三項が、農林水産大臣又は都道府県知事が土地改良事業計画等の適否を決定するに当たり行う詳細な審査は、省令の定めるところにより、農用地の改良、開発、保全又は集団化に関し専門的知識を有する技術者が調査して提出する報告に基づかなければならず、右調査は当該土地改良事業のすべての効用と費用とについての調査を含むものでなければならないと規定し、右省令である施行規則一五条が、法八条二項の報告について、<1>当該土地改良事業の施行を必要と認める場合には、その理由及び必要の程度、不必要と認める場合には、その理由、<2>当該土地改良事業の施行を技術的に可能と認める場合には、その理由、不可能と認める場合には、その理由、及びこれらの場合において更に適当な方法又は可能な方法があると認めるときは、その施行方法、<3>当該土地改良事業のすべての効用と費用との比較及びこれらの算出基礎、<4>施行令二条四号の要件に適合しているかどうかについての意見等の事項を記載した報告書によるものとすると規定しているのも、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更しようとする場合に、当該変更計画を基本的要件に適合するものとなるように定めるべきことを前提としているからであると解されるところである。法八七条の三が法八七条三項を準用する明文の規定を置いていないのも、変更計画が基本的要件に適合しているかどうかの審査を不要とする趣旨を含むものとは解されない。
したがって、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更しようとする場合においても、当該変更計画に基づいて施行される土地改良事業が基本的要件に適合するように変更計画を定めなければならないものというべきである。
以下、事業の必要性及び費用対効果についてそれぞれ検討する。
(二) 事業の必要性について
(1) 原告らは、基本的要件の一つである事業の必要性がないことを理由に本件変更計画が違法であると主張しているところ、国営又は都道府県営の土地改良事業において当該事業の必要性があるかどうかの判断は、当該事業の施行に係る地域の自然的、社会的及び経済的諸条件を基に、当該事業による効用を多角的に評価しながら総合的見地より決すべきものであり、専門技術的かつ政策的なものであるから、行政庁の広範な裁量に任されているものといわざるを得ない。
したがって、裁判所は、この点に関する行政庁の判断が全く事実の基礎を欠くとか社会通念上著しく妥当を欠くなどその裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められる場合に限って違法と判断すべきものというべきである。
(2) そこで検討するに、まず、被告が本件変更計画を決定するに先立って聴取した法八七条の三第六項、八条二項所定の専門的知識を有する技術者の調査報告<証拠略>のうち、変更計画に係る事業の必要性に関する部分は次のとおりである。
(イ) 本件事業の施行地域は、火山灰土におおわれた特殊土壌であるため、夏期の干天が続くと、台地上の畑では土壌水分不足をきたし、作物生産が不安定である。畑地は用水施設が皆無で、水田は用水施設が未整備のため、用水源を確保し、水分補給、多目的利用を含む畑地かんがい、水田用水改良等の水利事業が必要である。
台地周辺部においては傾斜地が多く、ほ場区画が狭小で団地規模が小さく、未墾地が混在するため、農業作業効率が低いので、農地造成による規模の拡大及びほ場整備による労働生産性の向上が必要である。
したがって、これら自然的条件による農業の近代化を阻害する要因を排除して、新しい時代の農業を展開しうるため本件事業の必要性は十分認められる。
(ロ) 本件事業の施行地域は、熊本県の県南農業地域に位置する農山村及び山村経済地帯である。かつては、農産物の大消費地に遠かったが、九州縦貫自動車道が完成したことによって、大消費地との時間距離が短縮された。この地域では、農業以外の産業が乏しく、将来にわたって農業が基幹産業であり、農業就業人口割合は二〇パーセントで、専業農家率も二〇パーセントと全国平均と比較すれば、農業依存度が高く、肉用牛生産振興地域、野菜指定産地、果樹広域濃密生産団地等の指定を受けており、農業生産を振興すべき地域となっている。しかしながら、田、畑、山林等が錯綜する小規模な耕地条件と相まって農業基盤整備の遅れや用水不足等に伴う不安定な生産性から、合理的な農業経営の発展が阻害されている。
したがって、この現状を打開するため、用水の確保、農地開発による規模拡大及び区画整理を行い、土地生産性及び労働生産性の向上、農業経営の安定を図る本件事業は、極めて必要性が高いものと判断される。
(ハ) 本件事業を不必要とする理由は認められない。
また、本件変更計画の計画書(<証拠略>)には、本件事業の必要性に関して、<1>本件事業の施行地域内の台地上の畑は、火山灰でおおわれた特殊土壌地帯であり、用水手当は皆無である上、山林原野等と錯綜し団地規模が小さく、既耕地も未整備であること、<2>本件事業の施行地域内の水田は小河川沿いに開け、用水施設の老朽化等により恒常的な用水不足をきたしていることなどが記載されている。
以上からすれば、被告は、本件変更計画を決定するに当たり、右調査報告を踏まえ、右計画書に記載されている事情等を考慮して、本件変更計画時においてもなお本件事業の必要性があると判断したものと解されるところである。
(3)(イ) これに対し、原告らは、右計画書中の「台地上の畑には用水手当が皆無である」旨の記載は明らかな事実誤認であると主張する。
しかしながら、本件事業の施行地域内の相良村高原(たかんばる)台地(検証L地点)においては、高原揚水機場からの用水手当を受けている水田が一部あるものの、用水手当がなく天水に頼っている茶、たばこ等の畑が大半を占めている。右記載は、このことを指摘したものであって、必ずしも事実に反するものとはいえない。
なお、本件事業の施行に伴い、高原台地の茶畑では、スプリンクラーによる防霜計画が予定されている。茶の栽培においては、一番茶が収入の相当な部分を占めることから、防霜が重要な問題であるところ、現在高原台地で使用されている防霜ファンは、一定の気温以下になると効果を発揮しなくなる。これに対し、スプリンクラーによる防霜は、散布した水が氷結する際の凝固熱を利用するもので、防霜ファンをしのぐ効果があることが報告されており、南九州の他の地域(知覧等)では既に導入されているところである。また、高原台地の畑に用水手当がなされることにより、肥料散布の作業効率の向上が望めるとの指摘があるほか、イチゴやメロンの栽培に意欲的な農家もあり、本件事業の施行に期待を寄せる農家の声も寄せられている(検証、<証拠略>)。
(ロ) また、原告らは、現在の農民に対し水が十二分に確保されておりこれ以上の水が不要であることは現地検証の結果から明らかであると主張している。
しかしながら、右検証の実施された平成一一年七月八日及び同月九日は、相当多量の降雨があった数日後に実施されたものであって、右検証時の河川や用水路の水量によっては、干ばつの発生をも考慮した農業用水の整備の必要性は否定できないものといわざるを得ない。本件事業の施行地域内の農地の中には、馬氷川(検証X、Y、W地点)、牛繰川(検証B地点)等の小河川に依存するものが少なくないところ、これらの河川は、干天が続くと流量が乏しくなる状況も認められる。また、例えば、本件事業の施行地域内にある人吉市下原田町の馬氷川掛かりの水田(検証X′地点)においては、馬氷川に設置されている平保良堰から取水する用水形態となっているが、水利権があるのは、一部(検証調書添付の被告指示説明書の図面1の1ブロック<略>)のみで、それ以外では、余り水を利用したり、井戸水や排水を揚水するなどしており、恒常的な用水不足が認められる上、ポンプの設置費用や動力費が農家にとって大きな負担となっている。ここに水田を有する受益農家には、本件事業の実施を望む者もいる(検証、<証拠略>)。
(ハ) さらに、原告らは、右計画書中の「用水施設の老朽化による恒常的な用水不足をきたしている」との記載について、地域の農業者の判断や実情からは到底そのような状況を見出し得ないと主張している。
しかしながら、例えば、相良村の川村飛行場水路は、昭和一五年に完成し、昭和四〇年代前半にかけて補修がなされたものであるが、その取水口である六藤取水口(検証K地点)は、老朽化によりコンクリートが大きく剥離している状況が認められる。また、右水路に設置されている水路橋(橋の下に道路が通じており、その下には集落もある。検証M′地点)の側面には、亀裂から漏水が発生しており、崩壊の危険性もないとはいえず、抜本的な対策が必要になっている。さらに、高原揚水機場(検証M地点)は、川辺川から高原台地上の水田にポンプで水を押し揚げるために昭和四三年に設置された施設であるが、ここでも施設の老朽化が見られるほか、揚程が七九メートルないし五五メートルと高いことから、ポンプの動力費等に相当の費用を要している。また、右揚水機場には、取水位の安定を図るための堰上げ施設がなく、平常時でも取水位が不安定であり、洪水の度に取水位の低下を来し、川底にブルドーザーを入れて取水位を確保している状況となっている。このようなこともあって、相良村土地改良区(右揚水機場地区)の経常賦課金は、近隣の土地改良区と比べて四ないし五倍程度の一反当たり一万九三〇〇円となっており、本件事業の施行を求める受益農家の声もある(検証、<証拠略>)。
したがって、右記載が、事実の基礎を欠くものということはできない。
(4) したがって、事業の必要性の判断が全く事実の基礎を欠くとか社会通念上著しく妥当を欠くとまではいえず、裁量権の逸脱又は濫用があったということはできないのであって、原告らの主張は採用できない。
(三) 費用対効果について
(1) 原告らは、本件変更計画について費用対効果の要件を充足していないと主張しているところ、費用対効果の要件を充足しているのかどうかの判断は、当該事業による効用を多角的に評価した結果を数量的に表現し、これを費用と比較して検討すべきものであって、専門技術的なものとならざるを得ず、また、効用及び費用の算出方法等について法は何らの定めも置いていないことにもかんがみれば、行政庁の広範な裁量に任されているものといわざるを得ない。したがって、裁判所は、この点に関する行政庁の判断が効用及び費用の算出過程に看過し難い誤りがあるとか判断方法が社会通念上著しく妥当を欠くなどその裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められる場合に限って違法と判断すべきものというべきである。
(2) そこで検討するに、被告は、本件変更計画を決定するに当たり、「土地改良事業における経済測定方法について」(昭和六〇年七月一日付け六〇構改C第六八八号構造改善局長通達)に準拠して経済効果を算出したものであって、被告が本件変更計画を決定するに先立って聴取した法八七条の三第六項、八条二項所定の専門的知識を有する技術者の調査報告(<証拠略>)においても、効用及びその算出基礎について、作物生産効果、営農経費節減効果、維持管理費節減効果等に区分し算定されており、これらの値が妥当なものであるとされ、また、費用及びその算出基礎についても、妥当なものであるとされ、効用と費用との比較及びその算出基礎についても、効用から算定した妥当投資額を総事業費で除した投資効率が、用排水事業で一・〇〇、区画整理事業で一・〇一、農地造成事業で一・〇二、本件事業全体で一・〇〇となり、本件事業が経済的に見て適正かつ妥当であると認められている。
(3)(イ) これに対し、原告らは、<証拠略>の調査報告書には評価の根拠、効用及び費用の値の算出根拠、資料が示されておらず、その内容が不備であると主張している。
しかしながら、右報告書は、施行規則一五条各号所定の記載事項を一応網羅したものということができるのであって、これに依拠してなされた本件変更計画を違法とするような記載事項の不備があるとは認められない。
(ロ) また、原告らは、本件変更計画を当初計画と比較して、<1>用排水事業の受益面積は減少しているのに事業費が増加している点、<2>用排水事業による増加見込効果額及び増加見込所得額がそれぞれ増加している点、<3>農地造成事業の受益面積が約三八〇ヘクタールも減少し、増加見込効果額及び増加見込所得額もそれぞれ減少しているのに、事業費が増加している点について疑問を呈している。
しかしながら、当初計画における事業費及び効用が昭和五七年度価格(<証拠略>)で計算されているのに対し、本件変更計画における事業費及び効用は平成三年度価格(<証拠略>)で計算されているのであるから、両者を単純に比較することはできない。また、農地造成事業については、当初計画においては階段工が主であったが、本件変更計画では地元の要望によりすべて改良山成工に切り替えられているのであって、これに伴って事業費も変更されているものと認められる(<証拠略>)。原告らが指摘する右の点に照らしても、被告がした効用及び費用の算出過程に看過し難い誤りがあるとか算出方法が社会通念上著しく妥当を欠くなどとはいえない。
(4) 以上のとおりであって、被告の費用対効果の判断が効用及び費用の算出過程に看過し難い誤りがあるとか判断方法が社会通念上著しく妥当を欠くとまではいえず、裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。
2 本件事業の受益面積が本件変更計画により施行令四九条一項所定の基準面積を下回ることによる本件変更計画の違法性の有無(本案の争点1(二))
(一) 施行令四九条一項は、法八五条一項、八五条の二第一項又は八五条の三第六項の規定により国営土地改良事業を行うべきことを申請する場合に、受益地がおおむね施行令四九条一項各号で定められた面積以上でなければならないと規定している。しかしながら、施行令四九条一項は、国営土地改良事業を申請する場合の受益地のおおよその規模を定めたものにすぎないから、国営土地改良事業計画の受益地が同条項所定の面積を下回っても直ちに右計画が違法となるものではなく、また、国営土地改良事業計画を変更する場合の要件を定めたものとも解されない。
(二) したがって、本件事業の受益面積が本件変更計画により同条項所定の面積を下回ることとなっても、このことから本件変更計画に違法があるとはいえず、この点に関する原告らの主張は採用できない。
3 本件公告手続の違法性の有無(本案の争点1(三))
(一) 原告らは、本件公告手続について、<1>三条資格者に対し個別になされたものではなく、事前にすべての三条資格者を対象に回覧に付されたものでもないこと、<2>原告らが公告されていることを知った日以降実質的に公告事項の閲覧が可能であった期間が二日間だけであったこと、<3>公告の方法が関係市町村の市役所又は町村役場のガラス張りの掲示板に、書面を全部開いて掲示することなくつり下げていたにすぎず、到底その内容をうかがい知ることはできなかったことを理由に、違法であると主張している。
(二) しかしながら、法八七条の三第一項所定の公告の方法は、施行規則六一条の八の三が準用する同規則八条において定められているとおり、施行地域内にある土地の属する市町村の事務所の掲示場に五日間掲示することで足りると解されるところ、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、同条のとおりの公告手続がなされたことが認められる。原告らが指摘する事情は、本件公告手続を違法とするものとはいえず、原告らの右主張は採用できない。
4 同意取得手続の違法性の有無について
(一) 三条資格者の特定に関する違法性の有無について(本案の争点1(四)(1))
(1) 原告らは、施行規則六一条の九、九条一項が、同意を得る前の段階で三条資格者を厳格に特定することを要求する趣旨であるとの前提に立って、三条資格者の特定過程の問題点を指摘しつつ、三条資格者の中に一人でも同意署名簿に記載されず同意するかどうかの意思表明の機会を与えられなかった者がいた場合には、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否にかかわらず、土地改良事業変更計画が違法となると主張している。
(2) しかしながら、施行規則六一条の九、九条一項が同意署名簿に三条資格者の総数を記載するように求めているのは、三条資格者の三分の二以上の同意の有無を土地改良事業の施行者において明確に把握できるようにするための事務的便宜を図ったものにすぎず、いわゆる訓示規定というべきであり、原告らが主張するような同意取得手続前の三条資格者の厳格な特定を要求する趣旨を含むものとは解することはできない。
ところで、法八七条の三第一項が、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更しようとする場合に、三条資格者の三分の二以上の同意を得なければならないと規定しているのは、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更するかどうかを決するに当たり、三条資格者の意思を可及的に反映させようとする趣旨によるものであると解されるところ、同意署名簿に記載されず三条資格者として把握されていなかった者がいた場合には、たとえその者が計画変更に反対の意向を有していたとしても、その意思が反映され得ないことになる。ただ、三条資格者の同意は、もともと、三条資格者各人が個別に変更計画に対する賛否を表明するものであって、株主総会における議決権の行使のように、他の三条資格者と協議したり議論したりしてすることが予定されているものではなく、三条資格者の一部に対し同意するかどうかを聴取しなかったからといって、他の三条資格者がした同意の効力に影響を与える性質のものではない上、事業規模が大きく三条資格者も相当多数になることが予想される国営土地改良事業において、すべての三条資格者を把握するための手続が法的に整備されていない現在の状況の中で、これを漏れなく正確に把握することは必ずしも容易ではないのであるから、真実の三条資格者の総数を基準とし、現実に同意をしたと認められる三条資格者の人数が三条資格者の三分の二以上となるという実態を備えている以上、三条資格者の中に同意署名簿に記載されず三条資格者として把握されていなかった者がいたとしても、それだけで直ちに変更計画を違法として取り消すべきものとするのは相当ではないというべきである。真実の三条資格者の総数を基準としてもなお三条資格者の三分の二以上の同意の要件を充足する場合において、手続的瑕疵があることを理由に変更計画を取り消すべきとするのは、被告が三条資格者を確認した方法、三条資格者であるにもかかわらず三条資格者として把握されなかった者が生じた事情等にかんがみ、前述した法八七条の三第一項の趣旨に照らして著しく適正を害しその趣旨を没却すると認められるような瑕疵がある場合に限られるものと解するのが相当である。
(3) そこで検討するに、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(イ) 事業所は、本件変更計画に係る三条資格者の確認作業を行うに当たり、まず、平成四年二月二四日付けで、関係市町村に対し、本件事業の受益地域の調査を依頼し、これに対する関係市町村の調査結果に基づき、本件事業の受益地を、継続地、編入地及び除外地に区分した変更計画受益地平面図を作成した。
(ロ) 次いで、事業所は、同年九月一日付けで、関係市町村に対し、平成五年三月一〇日を期限として三条資格者の整理業務を委託した。なお、事業所は、これに先立つ平成四年七月一六日、関係市町村の担当者を招集して会議を開催し、その作業手順や三条資格者整理の方針として、<1>右変更計画受益地平面図、字図、旧土地原簿を基に、土地登記簿等で確認しながら新土地原簿を作成し、さらにそれを基に名寄調書及び事業種別受益者調書を作成すること、<2>三条資格者の整理に当たり、農用地は基本的には耕作者を三条資格者として整理すること、<3>三条資格者の整理に当たって疑問点が生じた場合には事業所の担当者に照会することなどを説明した。また、事業所は、業務委託後の平成五年一月一四日、関係市町村の担当者を招集して、三条資格者の整理業務の進捗状況について説明を求めるとともに、右業務に関する打ち合わせのための会議を開催し、右業務に関する質疑応答等を行った。
(ハ) 関係市町村が、新土地原簿の作成に当たり、対象土地の所有者等を確認した方法は、おおむね次のとおりであった。
<1> 関係市町村のうち山江村を除く六市町村について
人吉市の除外地及び多良木町の編入地以外では、土地の地目、地積及び所有者を土地登記簿又は土地課税台帳で、土地の耕作者及び所有権以外の権利を農地基本台帳で確認することとし、多良木町の編入地では、当該地域を受益地とする県営ほ場整備事業に係る換地計画書で確認することとしたが、人吉市の除外地では、旧土地原簿の記載事項を転記したのみで、特に改めて調査はしなかった。
なお、錦町及び須恵村では、住民票で死亡者の確認をしたが、他の市町村(山江村を含む。)では、戸籍や住民票による死亡者の確認はしなかった。
<2> 山江村について
継続地及び除外地については、旧土地原簿の記載事項を転記したのみで、この時点では特に改めて調査はしなかった。
また、編入地については、当該土地を受益地とする県営ほ場整備事業に係る一時利用地指定通知書で、土地の所有者、耕作者及び所有権以外の権利を確認した。
(ニ) 関係市町村は、新土地原簿を作成した後、これに基づいて名寄調書及び事業種別受益者調書を作成し、平成五年三月ころ、これらを被告に提出して、三条資格者の整理業務の結果を報告した。
(ホ) 被告は、右(ニ)の結果に若干の修正を加えて、本件変更計画時に、本件同意署名簿記載の者(用排水事業について三九二二名、区画整理事業について一四七六名、農地造成事業について八八一名)を三条資格者として把握した。
(4) ところで、被告は、本件訴訟において、<1>本件同意署名簿に三条資格者として記載されていたが、実際には三条資格を有していなかった者(別紙<略>記載のとおり、用排水事業について二五七名、区画整理事業について一一一名、農地造成事業について一三名)、<2>三条資格者であるにもかかわらず、三条資格者として把握されておらず、本件同意署名簿にも三条資格者として記載されていなかった者(別紙<略>記載のとおり、用排水事業について二四四名、区画整理事業について一〇四名、農地造成事業について一二名)がいることを認めている。
右<2>の者が生じた理由を大別すると、(イ)死亡による三条資格者の変動の把握漏れが、用排水事業について七一名、区画整理事業について三四名、農地造成事業について四名、(ロ)経営移譲による三条資格者の変動の把握漏れが、用排水事業について一三二名、区画整理事業について五九名、農地造成事業について五名、(ハ)三条資格に係る土地の権利移転等による三条資格者の変動の把握漏れが、用排水事業について一九名、区画整理事業について八名、農地造成事業について二名、(ニ)同意取得の対象地域を対象外と誤認したことによる把握漏れが八名(すべて用排水事業のみ)、(ホ)その他(理由が明らかにされていない者を含む。)が、用排水事業について一五名、区画整理事業について三名、農地造成事業について一名となる。
このように三条資格者の変動の把握漏れが生じた要因としては、錦町及び須恵村以外において、新土地原簿を作成する際に、戸籍や住民票により死亡者の有無を確認していなかったこと(現に、住民票により死亡者の有無を確認した錦町及び須恵村では、右(ロ)のような者は生じていない。)、人吉市の除外地並びに山江村の継続地及び除外地については、新土地原簿を作成する際に、当初計画以降の三条資格者の変動を念頭を置いた確認作業が行われていなかったこと、新土地原簿を作成する際に経営移譲や権利移転の有無を十分に把握し得ていなかったこと、三条資格者の確認作業がおおむね終了した平成五年三月ころから同意取得手続を開始するまでに約一一か月が経過しており、この間にも三条資格者の変動があったと考えられることなどが挙げられる。
(5) 以上のとおりであって、右(4)の<2>に該当する者が多数生じた結果からすれば、被告がした三条資格者の確認には、当初計画以降の三条資格者の変動を把握するのに十分でなかったところがあることは否定できない。しかしながら、被告が本件事業の施行地域の実情により精通している関係市町村に三条資格者の確認作業をゆだねたこと自体は、格別問題とすべきものではない上、事業所が関係市町村の担当者を招集して打ち合わせをするなどして、関係市町村における確認作業が的確に行われるための方策も採っていること、関係市町村における三条資格者の確認方法は、各市町村によって異なるが、多くは、農地基本台帳、土地登記簿、土地課税台帳等の基本的、客観的資料に基づいて確認作業がされているのであるから、同意の対象となる三条資格者の総数が極めて多数に上る本件変更計画において、戸籍や住民票で死亡者の確認をしていなかったり、対象土地の現況を把握するために現地に赴いて調査するなどしなかったからといって、その方法が法八七条の三第一項の趣旨に照らして許容し得ないものであるとまではいえないこと、右(4)の<2>に該当する者が生じた理由も、三条資格者の変動の把握漏れが大半であって、主として同一農家内の新旧の経営者の把握が十分でなかったことによるもので、その瑕疵の程度は大きいとはいえず、それ以外の事情によるものはわずかであり、恣意的に特定の者を三条資格者から除外しようとしたような形跡はうかがわれないこと、関係市町村による三条資格者の確認作業がおおむね終了してから同意取得手続が開始されるまでに約一一か月が経過しているという点も、この間に三条資格者に対する説明会や同意取得手続に向けての事前の打ち合わせが行われていたのであり(後記(五)(2)(イ)ないし(ニ))、この点を手続的瑕疵として取り上げることは必ずしも相当ではないことなどからすれば、後記5で検討するとおり真実の三条資格者の総数を基準に法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意があることが認められる本件において、同条項の趣旨に照らして著しく適正を害しその趣旨を没却すると認められるような瑕疵があるということはできない。
したがって、原告らの主張は採用できない。
(二) 同意署名簿に添付すべき書類が欠けていたことによる違法性の有無について(本案の争点1(四)(2))
(1) 原告らは、施行規則六一条の九、九条二項が、同意署名簿には、法八七条の三第一項により公告した事項を記載した書面を添付しておかなければならないと規定しているにもかかわらず、本件同意署名簿にはこのような書面が添付されておらず、同意取得手続に重大な違法があると主張している。他方、被告は、右規定を訓示的なものであるとしつつ、本件パンフレットが施行規則九条二項にいう「公告した事項を記載した書面」に当たり、同意取得担当者が三条資格者一人一人にこれを交付し、これに基づいて本件変更計画の内容を説明しているのであるから、右規定による手続が履践されていると主張している。
(2) 思うに、施行規則六一条の九、九条二項は、法八七条の三第一項所定の同意を得る場合の方式について省令で定めた細目的規定であって、三条資格者が計画変更に同意するかどうかを判断する一助として同意署名簿に公告事項を知ることができるような書面を添付することとしたものであるが、施行規則六一条の九、九条二項にいう「公告した事項を記載した書面」とは、公告に付した書面そのものに限らず、公告に付した書面の要旨を記載した書面でも足り、無論、公告手続開始前に作成されたものであっても内容的に公告に付した書面の要旨を記載したものであれば差し支えないというべきである。
そこで、本件パンフレットが右の「公告した事項を記載した書面」に当たるかどうかを見るに、本件パンフレットには、受益面積、主要工事計画、工期、総事業費、事業費の負担区分及び三条資格者の負担額等の変更計画の要点が、当初計画と対比しながら記載されている上、本件パンフレット中の「川辺川地区計画概要図」には本件事業の受益地の分布や本件事業で造られる水路、揚水機、ファームポンド等の施設の概要も記載されており、本件公告手続で公告に付された書面(<証拠略>)の要旨を簡潔ではあるが分かりやすくまとめたものと評価できる。したがって、本件パンフレットは、公告に付した書面の要旨を記載したものとして「公告した事項を記載した書面」に当たるということができる。
原告らは、本件パンフレットに三条資格者の関連事業における費用負担や本件事業で建設された施設の予定管理方法の具体的内容についての記載がないことをるる主張するが、これらの事項は、本件公告手続において公告に付された書面にも記載されていないものであって、その記載を欠いたとしても、施行規則六一条の九、九条二項に反するものとはいえない。
(3) また、右規定は、同意署名簿に「公告した事項を記載した書面」を添付することを定めているにすぎないが、同意署名簿に右書面を添付したからといって三条資格者が同意の署名押印をする際に必ず目に留まるとも限らないのであるから、三条資格者に同意するかどうかを判断するのに必要な情報を提供する方法として、同意署名簿に右書面を添付するという方法以外の方法を全く許容していないものとは考えられず、三条資格者から同意の署名押印を得る際に右書面を三条資格者に交付するという方法を採ったとしても、右(2)の冒頭で述べた右規定の趣旨に反するものではないから、本件変更計画を違法とするものではないと解すべきである。
(4) ところで、本件パンフレットの交付状況については、後記(五)(2)(ニ)、(ホ)のとおりであって、同意取得担当者は、おおむね三条資格者から同意を得る際に本件パンフレットを交付していたものと認められる。
なお、原告らの中にも、原告本人尋問において、本件パンフレットの交付を受けたとか、見たことがある旨供述している者(<証拠略>)や、本件異議申立ての口頭意見陳述において本件パンフレットの交付を受けたことを認めていた者(<証拠略>)もいる。また、事業推進委員として同意取得事務を担当していた原告池田武光は、原告本人尋問において、記憶が定かでないとしつつも、本件パンフレットを一軒ずつ配ったと思うと供述しているところである。
他方で、同意の署名又は押印をしたことを認める原告の中には、原告本人尋問において、本件パンフレットをもらっていないとか、もらった記憶がないと供述している者(<証拠略>)もいる。しかしながら、右供述は、全般的に同意の署名押印時やその前後の状況についてあいまいであり、同意の署名押印時から供述時までに約五年が経過していることをも考え合わせると、記憶が失われたにすぎないと見る余地も多分にある。また、本件パンフレットの交付漏れがあった可能性があるとしても、後記(五)(2)(ニ)のとおり、同意取得担当者に対し、三条資格者一人一人に本件パンフレットを交付するよう指示がなされていたことなどからすれば、それはあくまで一部にとどまるものと考えられる上、後記(五)(2)(ロ)のとおり、本件パンフレットは、三条資格者に対する説明会においても出席者に配布されていたのであって、右(2)の冒頭で述べた施行規則六一条の九、九条二項の趣旨及び位置付け、同条項が同意署名簿に「公告した事項を記載した書面」を添付の限度で要求しているにすぎないことなどをも併せ考えれば、本件変更計画に取消原因となるような違法があるということはできない。
(5) 以上のとおりであって、原告らの主張は採用できない。
(三) 同意署名簿の記載事項の不備による違法性の有無について(本案の争点1(四)(3))
(1) 原告らは、本件同意署名簿に三条資格者の総数の記載がないことを理由に、施行規則六一条の九、九条一項に反する違法があると主張している。
確かに、本件同意署名簿には、三条資格者の総数の記載がない。しかしながら、右規定は、三条資格者の三分の二以上の同意の有無を土地改良事業の施行者において明確に把握できるようにするための事務的便宜を図ったものにすぎず、いわゆる訓示規定というべきであり、本件同意署名簿に三条資格者の総数の記載がないからといって、本件変更計画が違法性を帯びるものとはいえない。
(2) また、原告らは、同意署名簿には、すべての三条資格者の氏名が記載されなければならないと主張している。確かに、三条資格者であるにもかかわらず本件同意署名簿に三条資格者として記載されていなかった者がいたことは前述のとおりであるが、このことが本件変更計画を取り消すべき違法とならないことは本案の争点1(四)(1)で検討したとおりである。
(3) さらに、原告らは、同意署名簿には、事業名、公告年月日、三条資格者が受益地に有している権利の種別(所有権かそれ以外の権利か)及び当初計画との関係での区分(継続・新規・除外)が記載されていなければならないと主張している。
しかしながら、本件同意署名簿の記載事項については、施行規則九条一項の外、何らの規定も設けられておらず、同意署名簿にどのような事項を記載するかは事業施行者である被告にゆだねられているものというべきであり、同意署名簿に同意の対象となる事業及び計画を特定するに足りる記載があり、かつ、同意署名簿であることがその記載上明らかである限り、本件変更計画が違法となるものではないと解される。
この点、本件同意署名簿の各頁の冒頭には、「同意書」との表題に続き、「土地改良法第87条の3第1項の規定に基づき、平成6年 月 日付け公告のあった国営川辺川土地改良事業(農業用用排水)の計画変更に同意し、署名のうえ押印します。」等との文言が印字されており、その下に権利区分欄(当該三条資格者の有している権利が所有権か所有権以外の権利かを区分する欄)、三条資格者の住所氏名欄、署名押印欄及び区分欄(当初計画から継続して事業に参加することになるのか(継続)、変更計画によって新たに事業に参加することになるのか(新規)、変更計画によって事業に参加しないこととなるのか(除外)の区別を表示する欄)が設けられている(<証拠略>)。
以上からすれば、本件同意署名簿には、同意の対象となる事業及び計画を特定するに足りる記載があり、かつ、同意署名簿であることがその記載上明らかであるから、本件変更計画には、同意署名簿の記載事項の不備を理由とする違法があるとはいえない。
原告らは、右の権利区分欄や区分欄が三条資格者から同意の署名押印を得る時点で空白であった場合があることをも指摘するが、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、確かに、権利区分欄や区分欄への記入が同意取得時までになされたのか、同意取得後になされたのかについては、個々の場合によってまちまちであったが、右の記入が同意取得後になされた場合においても、同意取得担当者は、同意取得時に、三条資格者に対し、事業種別受益者調書、三条資格者早見表、名寄調書を用いるなどして、当該三条資格者の土地が除外地、継続地、編入地のいずれに該当するのかについての説明はしていることがうかがわれる上、そもそも、これらの欄を設けるかどうかも被告にゆだねられているのであるから、その記入が同意の署名押印の後になされたからといって、本件同意署名簿の一部又は全部が無効になるとか、本件変更計画が違法となるとはいえない。
(4) 以上のとおりであって、原告らの主張は採用できない。
(四) 同意署名の瑕疵による違法性の有無について(本案の争点1(四)(4))
(1) 原告らは、本件同意署名簿の署名の中には第三者が本人に代わってしたものがあるにもかかわらず、第三者が本人に代わって署名したことを明らかにする記載がないことを理由に、かかる本件同意署名簿は法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意を得たことの証拠となり得るものではなく、同意取得手続には違法があると主張している。
(2) しかしながら、施行規則六一条の九、九条一項は、同意を得る場合の方式について、「署名(記名を含む)。及び押印を得なければならない。」と規定しており、第三者が三条資格者本人に代わって同意署名簿に当該三条資格者の氏名を記載することは、右にいう「記名」に当たるものとして許容されているものと解されるところ、第三者が三条資格者本人に代わって三条資格者の氏名を記載する場合にその旨を記載しなければならないとの規定は設けられていないのであるから、このような記載をするかどうかは、事業施行者である被告にゆだねられているものというべきである。したがって、このような記載がなされていないからといって、本件同意署名簿が法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意を得たことの証拠となり得ないものでないことはもちろん、同意取得手続に違法があるということもできない。
原告らは、第三者が本人に代わって署名をする場合の手続について定める公職選挙法四八条、刑事訴訟規則六一条及び戸籍法施行規則六二条を挙げ、第三者が本人に代わって署名する場合には厳格な手続を踏むべきであるとしているが、これらの規定は、土地改良事業における三条資格者の同意の署名の場合とは全く異なる場合について規定したものであって、本件の場合に妥当しないことはいうまでもない。
(3) したがって、原告らの主張は採用できない。
(五) 同意取得時の説明義務違反による違法性の有無について(本案の争点1(四)(5))
(1) 原告らは、被告が三条資格者に対する説明義務を尽くしていないことを本件変更計画の違法事由として主張している。
ところで、法八七条の三第一項は、国営土地改良事業計画の重要な部分を変更しようとする場合に、三条資格者から同意を得るに先立ち、変更計画の内容を広く周知させるための措置として変更計画の概要等を公告することを定めており、また、施行規則六一条の九、九条二項は、三条資格者が同意するかどうかを判断する一助として同意署名簿に公告した事項を記載した書面を添付しなければならないと定めているが、法及び関係法令は、それ以上に、三条資格者から同意を得るに当たって三条資格者に一定の事項を説明すべきこととする明文の規定を設けていない。被告が、三条資格者から同意を得るに当たって、三条資格者に対し、変更計画の概要等の公告事項に即して、一定の事項を説明する機会を設けるべき場合があるとしても、その機会を設ける方法は様々であって、いかなる方法によるかは、被告の判断にゆだねられているというべきであり、また、被告が説明すべき事項の範囲及び程度についても、被告の判断にゆだねられている部分があるというべきである。
(2) そこで検討するに、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(イ) 九州農政局及び事業所は、同意取得手続を開始するに先立ち、本件変更計画の内容を周知させるため、三条資格者に対する説明会を実施することとし、三条資格者の確認作業がおおむね終了する前の平成五年初めころから同年七月ころにかけて、関係市町村、事業組合等の担当者を集めて、説明会の準備のための会議を行った。
そして、同月二〇日から同年一一月五日まで、九州農政局、事業所、関係市町村及び事業組合により、別紙五のとおり、関係市町村内の四六会場(人吉市七会場、錦町六会場、多良木町八会場、須恵村二会場、深田村三会場、相良村六会場、山江村一四会場)で、本件変更計画に関する三条資格者への説明会が実施され、三条資格者として把握されていた者の総数の約四分の一に当たる九一一名が出席した。なお、関係市町村は、説明会の実施に当たり、三条資格者として把握されていた者に対し、その者の居住地域における説明会の日時、場所等を通知した。具体的には、<1>人吉市、錦町及び深田村では、説明会の通知書を郵送したほか、深田村では、防災無線を利用して説明会開催の連絡をし、<2>多良木町では、説明会の通知書を郵送したほか、事業推進委員によって口頭でも連絡することとし、<3>須恵村では、事業推進委員を通じて連絡することとし、<4>相良村では、事業推進委員を通じて説明会の通知書を交付することとし、<5>山江村では、村内の地区ごとに選出されている区長を通じて説明会の開催を記載した回覧板により通知することとした。
また、この他に、相良村の井沢地区及び並木野地区では、住民から重ねて要請があったことから、三回にわたって説明会が実施された。
(ロ) 右説明会においては、主に事業所の職員が説明を行い、事業組合や関係市町村の職員も必要に応じて説明に加わった。説明会の出席者には、本件パンフレットが配布され、これに即した説明がなされた。
説明された事項は、おおむね、<1>本件事業を構成する各事業(用排水事業、区画整理事業、農地造成事業)の内容、<2>関連の土地改良事業(以下「関連事業」という。)と本件事業との関係、<3>本件変更計画によって施行地域から除外される地域、引き続いて施行地域となる地域、新たに施行地域となる土地、<4>本件変更計画による工事計画の変更内容、<5>本件事業及び関連事業によって設置される施設の維持管理、<6>本件事業の負担金の負担区分の変更内容及び本件事業に係る農家負担額やその償還方法、<7>関連事業の実施方法等であった。
このうち、関連事業については、本件事業とは別の事業であり、その実施に当たっては、本件事業とは別の手続により事業計画の内容が決定され、負担金も本件事業とは別に決定されることが説明された。
また、本件事業及び関連事業によって設置される施設の維持管理については、本件事業の施行地域を地区として設立される予定の土地改良区によって行われることになるが、その場合の賦課金は、既存の土地改良区(例えば、百太郎溝土地改良区)による賦課金よりも低額となるような関係市町村において検討・調整が行われていることが説明された。
なお、出席者からの質問に対しては、主として事業所の職員が回答した。
(ハ) 同意取得手続は、事業所、事業組合及び関係市町村で分担して行われた。すなわち、<1>関係市町村は、それぞれの市町村に居住する三条資格者の同意取得(ただし、事業組合及び事業所が担当する部分を除く。)を担当し、<2>事業組合は、球磨郡内に居住する三条資格者のうち、その居住する市町村以外の市町村のみに三条資格に係る土地を有している者の同意取得を担当するとともに、関係市町村の同意取得の応援を行い、<3>事業所は、遠隔地に居住している者(九名)、長期不在者(八名)、入院している者(三名)及び訪問しても会ってもらえない者(七二名)の同意取得を担当した。
(ニ) 事業所、事業組合及び関係市町村は、同意取得手続を実施するに当たり、担当者の意思統一を図るため、平成五年四月ころから平成六年二月にかけて、同意取得担当者による会議を重ねたほか、事業所の担当者が関係市町村等に出向いて打ち合わせを行うなどした。この中で、事業所は、事業組合及び関係市町村に対し、同意取得の方針として、三条資格者一人一人に本件パンフレットを交付し、これに基づいて本件変更計画の内容を説明した上で同意を得ることなどを指示した。
これを受けて、事業組合及び関係市町村は、各担当者に対し、三条資格者一人一人に本件パンフレットを交付しこれに基づいて本件変更計画の内容等を説明した上で同意を得ることを指示し、各担当者は、三条資格者から同意を得るに当たり、本件パンフレットの交付についてはほぼこれを行ったが、口頭による説明については、個々の場合によって相当の差があり、三条資格者が説明を求めたりすることなくすぐに同意の署名押印に応じたような場合等には、口頭による説明をほとんどしなかった場合もあった。
(ホ) 他方、事業所は、その担当する同意取得の対象者に対し、郵便で、同意署名簿の用紙、本件パンフレット等を送付して、同意の署名押印をした上で返送するよう依頼した。
(3) 以上のとおりであって、被告は、三条資格者に対し本件変更計画の内容を説明するための機会として、多数回にわたって三条資格者に対する説明会を実施したのであり、同意取得時の口頭による説明にのみ重点を置いていたわけではない。同意取得担当者の口頭による説明や本件パンフレットの交付状況が、右(2)(ニ)のとおりであっても、被告が三条資格者に対し本件変更計画の内容を説明する機会を設けるために採った措置並びに説明した事項の範囲及び程度に違法があるとまではいえない。
(4)(イ) これに対し、原告らは、被告には、<1>県営、団体営等の関連事業の費用負担、<2>本件事業で新設された施設の維持管理費の負担、<3>川辺川ダム建設の事業費の受益者負担について、三条資格者に説明する義務があったにもかかわらず、これらの点の説明義務を尽くしておらず、同意取得手続に重大な違法があると主張している。
(ロ) そこで、まず、<1>についてみるに、本件事業の用排水事業は、川辺川ダムからの導水路、幹線水路等の新設を内容とするものであり、そこから先の末端かんがい施設の整備については、国営、県営、団体営による関連事業によって行われる予定となっているところ(<証拠略>)、これらの関連事業の実施に当たっては、三条資格者からの同意取得を始めとする土地改良法上の手続が改めて本件事業とは別個に採られるのであり、三条資格者としては、関連事業の同意取得手続において、関連事業による費用負担の程度も考慮に入れて、賛否を表明することができるのであるから、関連事業による費用負担については、基本的には関連事業の手続において説明されるべき事項であるということができ、また、本件変更計画の段階では、関連事業における費用負担についての問題は未だ決まっていなかったのであるから、本件変更計画の段階で関連事業の費用負担の問題について説明をするとしても、その説明の内容・程度には自ずと限界が存在するというべきである。したがって、被告が関連事業の費用負担についての具体的な説明をしなかったからといって、これをもって、関連事業も含めた一切の費用負担がないとの誤解を与えるような不適切な説明であったとまではいうことができない。
以上からすれば、関連事業に関する説明が右(2)(ロ)の程度であっても、本件の同意取得手続に違法があるということはできない。
(ハ) また、<2>についても、本件事業によって新設される施設の維持管理は、本件事業とは別個の土地改良事業として、後に設立予定の土地改良区によって行われることとなっているのであり(<証拠略>)、このような維持管理事業の位置付けや進捗状況からすれば、維持管理についての説明が右(2)(ロ)の程度であっても、本件の同意取得手続に違法があるということはできない。
(ニ) さらに、<3>についても、特定多目的ダム法一〇条は、多目的ダムによる流水の貯留を利用して流水をかんがいの用に供する者は、多目的ダムの建設に要する費用のうちの一定の額の負担金を負担しなければならず、右負担金は、都道府県知事が徴収すると定めているところ(なお、新聞記事(<証拠略>)によれば、熊本県は、平成一二年二月の時点において、受益農家から右負担金を徴収するかどうか態度を明らかにしなかったとのことである。)、右ダム建設事業は、特定多目的ダム法に基づいて建設大臣により実施されるもので、本件事業とは別個のものである上、右負担金は本件事業に参加することによって必然的に生ずるものではなく、関連事業を経て負担者となるかどうかが決まるというべきであるから、被告が説明するとしても、負担者となる可能性がある旨指摘する程度にとどまるのであって、右ダム建設事業の施行者でも負担金の徴収者でもない被告が、本件変更計画の手続において、右負担金について説明をしていなかったからといって、本件の同意取得手続に違法があるということはできない。
(5) 原告らは、本件事業の用排水事業の費用についても、法九〇条二項により、熊本県が負担金の全部又は一部を三条資格者から徴収する余地があることからすれば、三条資格者に費用負担がないという被告の説明は虚偽であるとも指摘する。
しかしながら、公告された書面である「国営川辺川土地改良事業(農業用用排水・農地造成・区画整理)における事業費の負担区分の予定及び地元負担の予定基準」と題する書面(<証拠略>)には、本件事業の用排水事業の三条資格者の負担がないことが明示されている上、法九〇条の規定による負担金の納入方法について、「関係市町村は、同条五項の規定により、熊本県が三条資格者に対する負担金に代えて当該市町村にこれに相当する額として負担させる金額を、熊本県に対し負担する。」旨定められているのであるから、本件変更計画を前提とする限り、熊本県が同条二項に基づいて直接に三条資格者から負担金の徴収をする余地はないというべきである。
(6) 以上のとおりであって、原告らの主張は採用できない。
5 法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の要件の成否について
(一) 三条資格者の人数について(本案の争点1(五)(1))
(1) 被告は、法八七条の三第一項所定の三分の二以上の同意の対象となる三条資格者の人数を、用排水事業について三九〇四名、区画整理事業について一四六九名、農地造成事業について八七九名と主張している。
(2) 右主張に至った経緯は、次のとおりである。
(イ) 被告は、本件変更計画時において、本件同意署名簿に記載されている者を三条資格者として把握し、その人数を、用排水事業について三九二二名、区画整理事業について一四七六名、農地造成事業について八八一名と判断した。その経過は、前記4(一)(3)のとおりである。
(ロ) 被告は、第五準備書面(平成九年一二月一日付け)において、被告が三条資格者として把握していた者の中に、用排水事業では、本件公告手続開始日の前日である平成六年二月七日までに死亡していた者(以下「死亡者」という。)四九名、経営移譲により三条資格者でなくなっていた者(以下「経営移譲者」という。)一四一名、三条資格に係る土地の権利移転等により三条資格者でなくなっていた者(以下「権利移転者」という。)一九名の合計二〇九名がいることを明らかにし、これに伴い三条資格者として扱われるべきであったのに三条資格者として把握されていなかった者が一九八名おり、また、このほかに、同意署名簿への登載漏れ二名がいたこと、区画整理事業では、死亡者二四名、経営移譲者五九名、権利移転者八名の合計九一名がおり、これに伴い前同様に三条資格者として把握されていなかった者が八九名いたこと、農地造成事業では、死亡者三名、経営移譲者五名、権利移転者三名の合計一一名がおり、これに伴い前同様に三条資格者として把握されていなかった者が一〇名いたことがそれぞれ判明したとして、三条資格者の人数に関する主張を、用排水事業について三九一三名、区画整理事業について一四七四名、農地造成事業について八八〇名と訂正した。
(ハ) また、被告は、第九準備書面(平成一一年一月一八日付け)において、<1>本件同意署名簿に登載されていた者全員を対象に、平成六年二月七日までに死亡していた者がいないかを再調査したところ、右に該当する者が第五準備書面で指摘した者の外に、用排水事業で二五名、区画整理事業で一三名、農地造成事業で一名おり、これに代わって三条資格者として扱われるべきであったのに三条資格者として把握されていなかった者が、用排水事業で二三名、区画整理事業で一〇名、農地造成事業で一名いた、<2>本件同意署名簿に重複して氏名の記載されている者が用排水事業について五名、農地造成事業について一名いたとして、三条資格者の人数に関する主張を、用排水事業について三九〇六名、区画整理事業について一四七一名、農地造成事業について八七九名と訂正した。
(ニ) 他方、原告らは、平成一〇年六月九日付け求釈明において、本件同意署名簿に三条資格者として記載されているが三条資格者であるのか疑問のある者(三二名)を指摘した。
さらに、原告らは、同年一〇月七日付け「三条資格に関する求釈明」と題する書面において、本件同意署名簿に三条資格者として記載されているが三条資格者であるのか疑問のある者(四四名)及び受益地の農地所有者であるが三条資格者として扱われていない者(二三名)を指摘した。
(ホ) これに対し、被告は、第一一準備書面(平成一一年一〇月二二日付け)において、原告らから右(ニ)で指摘を受けた計九九名の三条資格の有無の調査結果等を明らかにし、本件変更計画決定時に三条資格者として把握していたが実際には三条資格者でなかった者(用排水事業について二三名、区画整理事業について七名、農地造成事業について一名)及び三条資格者であるにもかかわらず本件同意署名簿に記載されていなかった者(用排水事業について二一名、区画整理事業について五名、農地造成事業について一名)がいたことが判明したとして、三条資格者の人数に関する主張を、用排水事業について三九〇四名、区画整理事業について一四六九名、農地造成事業について八七九名と訂正した。
(ヘ) 被告は、第一六準備書面(平成一二年一月一四日付け)において、これまで三条資格者として把握されておらず原告らの平成一一年一二月九日付け準備書面で三条資格の有無について求釈明を受けた松本佳久を新たに用排水事業の三条資格者と認めた。
さらに、被告は、第一七準備書面(平成一二年三月三日付け)において、これまでの三条資格者に関する主張を一部追加・控除した上、三条資格者の人数について結局右(1)のとおり主張した。
右(イ)ないし(ヘ)の三条資格者の算定経過は別紙<略>のとおりである。
(ト) なお、原告らは、被告が本件変更計画時に三条資格者と把握していたが実際には三条資格者でなかったと認めた者及び被告が三条資格者であるにもかかわらず本件変更計画時に三条資格者と把握していなかったと認めた者の三条資格の有無について、特に争っておらず、被告が右(ニ)の九九名について第一一準備書面別紙1ないし3で示した三条資格の有無の調査結果についても、認否していない。
(3) なお、原告らは、三条資格者であった者が死亡した場合には、共同相続の原則により、遺言等がない限り、遺産分割協議が整うまで、三条資格は共同相続人全員に帰属するはずであると指摘する。
しかしながら、三条資格に係る土地が農用地である場合には、法三条一項二号に該当する場合でない限り、当該土地の使用収益権者が三条資格者となるのであるから(同条項一号)、三条資格者であった者が死亡して複数の相続人が生じたとしても、当然に共同相続人全員が三条資格者となるものではなく、三条資格者であった者の死亡後における当該土地の使用収益の状況に照らして三条資格の帰属を判断すれば足りるのであって、右指摘は妥当しない。
また、三条資格に係る土地が非農用地である場合には、同条項四号に該当する場合でない限り、当該土地の所有者が三条資格者となるが(同条項三号)、三条資格者であった者が死亡して複数の者が共同相続人となり、当該土地が共同相続人の共有に属することになっても、三条資格者の権利義務の性質及び内容にかんがみれば、遺産分割により複数の者に所有権が帰属することが確定しない限り、共同相続人全員に個別に同意するかどうかの権能を与えるのは相当ではなく、共同相続人全員の同意をもって、三条資格者一名の同意があったのと同等に扱うべきものと解するのが相当である。したがって、共同相続が生じたとしても、三条資格者の総数に変動を生じさせることにはならないというべきである。
(4) 以上のとおりであって、被告が本件変更計画時までにした三条資格者の確認には、当初計画以降の三条資格者の変動を把握するのに十分でなかったところがあるとはいえ、本件訴訟の過程において、被告が、本件同意署名簿の登載者全員を対象に死亡者の有無を調査するとともに、経営移譲や権利移転による三条資格者の変動の把握漏れについても相当広範に調査をして、その結果を明らかにしており、原告らから三条資格の有無について求釈明のあった九九名全員についても、三条資格の有無を調査の上、その結果を明らかにしていること、その他本件訴訟の経過及び原告らの反論ないし反証の状況からすれば、三条資格者の変動によるものも含め、三条資格者の把握漏れは、本件訴訟の過程でそのほとんどが明らかにされたものと認めることができるのであって、法八七条の三第一項に規定する三条資格者の三分の二以上の同意の有無を判断するに当たり、その分母とすべき三条資格者の人数は、被告主張のとおり、用排水事業について三九〇四名、区画整理事業について一四六九名、農地造成事業について八七九名であるか、これを若干上回る程度にとどまるものというべきである。
(二) 同意者の人数について(本案の争点1(五)(2))
(1) 被告は、本件同意署名簿に同意の署名押印がある者の人数(用排水事業について三四一七名、区画整理事業について一三四三名、農地造成事業について八四一名)から、実際には三条資格者ではなかった者(死亡者を含む。)や同意の署名押印が重複していた者等の人数(用排水事業について二一二名、区画整理事業について八四名、農地造成事業について一三名)を差し引いたのが同意者の人数であり、用排水事業が三二〇五名、区画整理事業が一二五九名、農地造成事業が八二八名であると主張している。その算定経過は、別紙<略>のとおりである。
これに対し、原告らは、本件同意署名簿の三条資格者名義の署名押印部分のうち、<1>用排水事業二五七名、区画整理事業九二名、農地造成事業六一名については、署名押印部分の成立を否認するが、印影が当該三条資格者の印鑑によるものであることを認め、<2>用排水事業二五九名、区画整理事業一一〇名、農地造成事業六五名については、署名押印部分の成立及び印影が当該三条資格者の印鑑によるものであることを否認し、<3>用排水事業六一一名、区画整理事業二一五名、農地造成事業一二九名については、署名押印部分の成立を認め、<4>その余については、成立の認否をしていない。
(2) まず、右<1>のうち、原告本人尋問を実施した一六名について検討する。
(イ) 原告森口孝利について
原告森口孝利は、<証拠略>において、同意の署名押印(<証拠略>)は妻が自分に断りなくしたものであると供述している。
しかしながら、同原告は、自分の名義で同意の署名押印がなされていることを初めて知ったのは、公民館で國宗弁護士らと共に同意署名簿を見た際であると供述する一方で、同意撤回の書面(平成六年四月二八日付け。<証拠略>)を作成したのはその後であると供述しているが、同意署名簿が原告らに開示されたのが本件訴訟提起後であることは本件訴訟の経過から明らかであり、同原告が同意署名簿を見たのも本件訴訟提起後のことであると考えざるを得ないことからすれば、右供述は、前後矛盾する不自然なものであってにわかに信用できず、右同意撤回の書面と同一の筆跡で同年七月一日付けの同意撤回の取下書面(<証拠略>)が提出されていることなども考え合わせると、同意の署名押印は同原告の意思に基づいてなされたものと認めることができる。
(ロ) 原告白石カツ子(以下「原告白石」という。)について
原告白石は、<証拠略>において、同意の署名(<証拠略>)は自分で書いたものではないが、印影は、自宅にある印鑑によるものである、同意取得担当者である友田政春(以下「友田」という。)が自宅を訪ねてきた際、友田から押印を求められたことから、友田に頼んで押印してもらったと供述している。
しかしながら、右のような押印時の状況を前提としても、同意の署名押印は原告白石の意思に基づいてなされたことを認めることができる。
(ハ) 原告赤坂幸正について
原告赤坂幸正は、<証拠略>において、同意の署名押印(<証拠略>)は、同意取得担当者である友田らが自宅を訪れた際に、目が不自由であることから妻に代わりにさせたものである旨供述している。
しかしながら、右のような署名押印時の状況を前提としても、同意の署名押印は同原告の意思に基づいてなされたものであることを認めることができる。
(ニ) 原告前田文雄(以下「原告前田」という。)について
原告前田は、用排水事業の同意の署名押印部分(<証拠略>)の成立について認否をせず、区画整理事業の同意の署名押印部分(<証拠略>)の成立を争い、印影が自己の印鑑によるものであることを認めていたが、<証拠略>においては、用排水事業のものも含め、印影も自分の印鑑によるものではないとし、同意の署名押印を求められた記憶もないと供述している。なお、同人の父前田智の名義で同意撤回の書面(平成六年四月二八日付け。<証拠略>)が提出されている。
被告は、異議申立書(<証拠略>)の原告前田名下の印影と本件同意署名簿の右印影が同一であると指摘するが、右各印影が同一であるとはにわかに断定し難く、他に同意の署名押印が原告前田の意思に基づいてなされたものであることを認めるに足りる証拠はない。
(ホ) 原告笹渕慶志について
原告笹渕慶志は、同意の署名押印部分(<証拠略>)の成立を否認していたが、<証拠略>においてこれを翻し、自ら同意の署名押印をしたことを認めている。
(ヘ) 原告兼田国見(以下「原告兼田」という。)について
原告兼田は、本件同意署名簿の印影(<証拠略>)が自宅にある印鑑によるものであることを認めているが、署名については、<証拠略>において、自分の筆跡とは異なる旨供述している。
しかしながら、原告兼田は、本件異議申立ての口頭意見陳述で二度にわたって供述した際には、自ら同意の押印をしたことを認めていたのであって(<証拠略>)、<証拠略>においても、同意の署名押印を求められたこと自体は否定しておらず、その際の状況について、あいまいな供述に終始している。
以上からすれば、右供述は信用できず、同意の署名押印は原告兼田の意思に基づいてなされたことを認めることができる。
(ト) 原告森口直重について
原告森口直重は、同意の署名押印部分(<証拠略>)の成立を否認していたが、<証拠略>においてこれを翻し、自ら同意の署名押印したことを認めている。
(チ) 原告宮原博志について
原告宮原博志は、<証拠略>において、同意取得担当者から同意を求められたことはなく、同意の署名押印(<証拠略>)は妻が自分に断りなくしたものであるとしている。
しかしながら、同原告が本件異議申立ての口頭意見陳述において自ら本件同意署名簿に押印したことを認める供述をしているのであって(<証拠略>)、同原告の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(リ) 原告久保田一道(以下「原告久保田」という。)について
原告久保田は、同意の署名押印部分(<証拠略>)の成立を否認していたが、<証拠略>において、同意取得時の記憶はないとしつつ、同意の署名が自己の筆跡であることを認める供述をしているのであって、原告久保田の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(ヌ) 原告大塚保(以下「原告大塚」という。)について
原告大塚は、<証拠略>において、同意の署名押印した記憶はないが、同意の署名(<証拠略>)が自分の筆跡かどうかはっきりしないと供述するのみであり、自己の署名であることを明確に否定していない。本件同意署名簿の原告大塚欄の手書き部分は筆跡からいってすべて同一人によって記載されたものと考えられるが、住所欄の「郡」の字が、特徴的な筆跡であり、右陳述書において原告大塚が記した「郡」の字とよく似ていること、原告大塚が、本件異議申立ての口頭意見陳述において、「最初の時には台帳の時にはおそらく印鑑はついたと思います。それから取下げですね、反対する、かたらないということですね。」と述べ、自ら本件同意署名簿に押印したことを認めていたこと(<証拠略>、なお、原告大塚は、原告本人尋問において、右は当初計画の時のことを述べたものであると弁解するが、にわかに信用できない。)などに照らすと、原告大塚の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(ル) 原告赤坂正光について
原告赤坂正光は、<証拠略>において、同意の署名押印(<証拠略>)は妻が自分に断りなくしたものであると供述している。
しかしながら、同原告は、本件異議申立ての口頭意見陳述においては、妻が自分に断りなく本件同意署名簿に署名押印したというようなことは述べておらず、かえって、「村がただでしてくれるという話でしたので、それはただといえばみんなしなるで是非とも印鑑ついてくれというので、印鑑をつきました。」と述べ、自ら同意の押印をしたことを認めていたこと(<証拠略>)、二度にわたる同意撤回の取下書(<証拠略>)の作成は認めていることなどからすれば、同原告の<証拠略>はにわかに信用し難く、同原告の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(オ) 原告田口鉄記(以下「原告田口」という。)について
原告田口は、<証拠略>において、同意署名簿の印影(<証拠略>)は妻が日常的に管理している自分の実印によるものであるが、同意の署名は自分のものではないと供述している。
しかしながら、原告田口は、妻が実印を押したのかもしれないが、妻から同意の署名押印をしたかどうか聞いておらず、署名が妻のものであるのかどうかも分からないと述べるのみで、妻が日常的に管理しているという自己の実印が本件同意署名簿に押されている理由について、得心できる説明はない。かえって、原告田口の妻は、本件異議申立ての口頭意見陳述において、原告田口が本件同意署名簿に押印したと供述しているのであり(<証拠略>)、これと矛盾する同原告の供述は信用できない。
したがって、原告田口の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(ワ) 原告松永ミヨ子(以下「原告松永」という。)について
原告松永は、<証拠略>において、役場の職員から田んぼに水を引くから印鑑を貸してほしいと言われたので、印鑑を渡したが、自ら署名はしていないと供述している。
しかしながら、右のような押印時の状況を前提とする限り、同意の署名(<証拠略>)の筆跡が同人のものと異なるとしても、同意の署名押印は原告松永の意思に基づいてなされたことを認めることができる。
(カ) 原告立岩世界(以下「原告立岩」という。)について
原告立岩は、<証拠略>において、同意の署名(<証拠略>)は妻がしたものであると供述している。
しかしながら、原告立岩の供述及び本件異議申立ての口頭による意見陳述録取書の妻立岩ミチの供述部分(<証拠略>)によれば、原告立岩は、目が不自由であることから、日頃から妻に代筆してもらっており、同意取得担当者が自宅を訪れた際にも、自ら同意取得担当者から説明を聞くつもりはなく、本件変更計画に反対の意向もなかったので、妻に応対を任せ、妻が原告立岩に代わって同意の署名押印をしたが、その後に、費用を負担しなければならないと聞き、妻と共に本件変更計画に反対するようになったことが認められる。
以上からすれば、原告立岩は、本件変更計画に同意するかどうかを妻立岩ミチにゆだねていたものであって、原告立岩の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めるのが相当である。
(ヨ) 原告福田隼人(以下「原告福田」という。)について
原告福田は、同意の署名押印部分(<証拠略>)の成立を否認していたが、<証拠略>においてこれを翻し、本件同意署名簿の原告福田名義の署名の筆跡が自分のものであることを認めた上で、自動車で走っていた際に親しい間柄にある役場職員の家入栄治から呼び止められ、大した書類ではないからなどと言われて気軽に署名押印したが、何の書類であるか全く理解していなかったと供述している。
しかしながら、たとえ右家入と親しい間柄にあるとはいっても、突然路上で呼び止められて全く趣旨を理解しないままに本件同意署名簿に署名押印をしたとはにわかに考え難く、右供述はたやすく信用できない。したがって、原告福田の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(タ) 原告林田熊治(以下「原告林田」という。)について
原告林田は、<証拠略>において、夕方晩酌をしている時に市の職員が二人やってきて、何の説明もなくちょっと印鑑を貸してほしいと言われたので、最初は「簡単に貸されるかい。」と言って断ったが、結局は印鑑を貸した、その二人が市の職員であることは後で分かったと供述している。
しかしながら、原告林田の記憶には飲酒の影響によりあいまいな部分があるとはいえ、原告林田自身が「ちょっと一杯飲んどった」とも表現していることからもうかがわれるとおり、さほど深く酩酊していたとも考えられないのであって、一度は押印を断った原告林田が全く趣旨を理解しないまま特に親しいわけでもない者らに自分の印鑑を渡したとは考え難く、原告林田の意思に基づいて同意の署名押印(<証拠略>)がなされたものと認めることができる。
以上のとおりであって、右の原告一六名のうち、原告前田を除く一五名について、同意の署名押印部分の成立を認めることができ、これらを同意者と認めることができる。
また、右<1>に該当するその余の者についても、本件同意署名簿中の三条資格者名義の署名押印部分のうち、印影が自己の印鑑によるものであることを認めていることや弁論の全趣旨によって、同意の署名押印部分の成立を認めることができ、これらを同意者と認めることができる。
(3) また、原告本人尋問を実施した原告で右<2>に該当する八名の中にも、次のとおり、同意の署名押印部分の成立を認めることができるものがある。
(イ) 原告緒方学(以下「原告緒方」という。)について
原告緒方は、<証拠略>において、同意取得担当者である永田博人らが自宅を訪れた際に、妻に代わりに同意の署名押印をさせたと供述している。
しかしながら、右のような署名押印時の状況を前提とすれば、用排水事業における同意の署名押印部分(<証拠略>)の成立を認めることができる。
(ロ) 原告宮原忠喜について
原告宮原忠喜は、<証拠略>において、用排水事業及び区画整理事業における同意の署名(<証拠略>)は自分の筆跡ではないと供述している。しかしながら、本件同意署名簿の印影については、自己の印鑑によるものかどうか分からないと供述するにとどまり、自己の印鑑によるものであることを明確には否定していない上、同原告が、自宅を訪れた役場の職員から計画変更について同意を求められた際、押印をした記憶がある旨の供述をしていることをも考え合わせると、同意の署名押印は同原告の意思に基づいてなされたものであると認めることができる。
(ハ) 原告宮崎ミユキ(以下「原告宮崎」という。)について
原告宮崎は、本件異議申立ての口頭意見陳述(<証拠略>)において、本件変更計画の同意を求められ、はいはいという感じで押印したと供述しているが、<証拠略>では、一転して、同意の署名は自分の字ではなく、印影も自分の印鑑によるものではないと供述している。さらに、原告宮崎は、<証拠略>において、用排水事業(<証拠略>)については右陳述書の供述を維持しているが、区画整理事業(<証拠略>)については、同意の署名が自分の字であり、印影も自分の印鑑によるものであることを認めつつも、その署名がされた経緯については分からないとしている。
このように、原告宮崎の供述は、不自然な変転を重ねているのであって、信用性に乏しいといわざるを得ない。用排水事業の印影と区画整理事業の印影(なお、これは、原告宮崎の同意撤回の書面(<証拠略>)の印影と同じである。)は異なっており、これらが別の機会に押印されたものであることがうかがわれるが、このことを考慮しても、右の供述経過に加え、用排水事業の同意署名が原告宮崎の筆跡(特に、<証拠略>)と酷似していることなどからすれば、区画整理事業のみならず、用排水事業についても、原告宮崎の意思に基づいて同意の署名押印がなされたものと認めることができる。
(ニ) 原告椎葉崎雄(以下「原告椎葉」という。)について
原告椎葉は、<証拠略>において、用排水事業における同意の署名(<証拠略>)は自分の筆跡ではなく、印影も自分の印鑑によるものではないと供述している。
しかしながら、右印影は、右陳述書の原告椎葉名下の印影と同一であり、このことと明らかに矛盾する右供述は信用できない。原告椎葉が一人暮らしであることをも考え合わせると、同意の署名押印が原告椎葉の意思に基づいてなされたことは揺るがし難いものといわざるを得ない。
(ホ) 原告本前辰善(以下「原告本前」という。)について
原告本前は、用排水事業における同意の署名押印部分(<証拠略>)の成立を否認していたが、<証拠略>においてこれを翻し、自ら同意の署名押印をしたことを認めている。
(4) さらに、右<3>及び<4>についても、本件同意署名簿及び弁論の全趣旨によって、その同意の署名押印部分の成立を認めることができ、同意の意思表示がなされたものと認めることができる。
(5) したがって、同意者の人数は、別紙<略>のとおり、少なくとも、被告が主張する同意者から、右<1>の原告前田及び右<2>の該当者(ただし、右(3)の(イ)ないし(ホ)で指摘した五名並びに被告が三条資格者でないことを認めた者で右<2>に該当する永尾清(用排水事業<証拠略>)及び福田繁(用排水事業<証拠略>)を除く。)を除いた人数となり、用排水事業について二九五二名、区画整理事業について一一五〇名、農地造成事業について七六三名であると認めることができる。
(三) 同意の無効原因の有無1―同意が説明義務違反によって無効になるか否か(本案の争点1(五)(3))
説明義務違反については、前記4(五)(本案の争点1(四)(5))で検討したとおりであって、説明義務違反により同意の意思表示が無効である旨の原告らの主張は認められない。
(四) 同意の無効原因の有無1―同意が錯誤により無効になるか否か(本案の争点1(五)(4))
(1) 原告らは、前記(二)(1)<3>で署名押印部分の成立を認めた者のうち、用排水事業の五四六名、区画整理事業の一九〇名、農地造成事業の一〇四名は、錯誤により同意の署名押印をしたものであるとし、錯誤の態様として、ア「負担金(水代)は一切要らない」旨の説明を受けた、イ「県営・団体営の事業には参加しなくてもよい」旨の説明を受けた、ウ「あなたの農地は対象地域から除外された」旨の説明を受けた、エ「国営事業は中止になった」旨の説明を受けた、オその他、カ説明がなかったの六つを挙げている。
そこで、以下では、錯誤の態様ごとに、原告本人尋問を行った者を中心に、錯誤の成否を検討する。
(2) ア又はイを含むものについて
(イ) 原告渕田幸子(以下「原告渕田」という。)について
原告渕田(用排水・継続二九〇六番)は、錯誤の態様をイオとし、<証拠略>において、友田から後の関連事業には参加しなくてもよいと言われたことから同意した旨供述しており、関連事業の手続で三条資格者の三分の二以上の同意が集まれば自分が関連事業に参加したくなくても参加しなければならなくなる場合があることを知らなかったことを錯誤として主張する趣旨と解される。
ところで、右の錯誤は、いわゆる動機の錯誤であって、要素の錯誤として意思表示を無効とするためには、その動機が相手方に表示きれて意思表示の内容をなしていること及びその動機の錯誤がなかったならば通常当該意思表示をしなかったであろうと認められる程度の重要性が認められることを要するものと解すべきである(最高裁昭和二九年一一月二六日第二小法廷判決・民集八巻一一号二〇八七頁、同昭和四五年五月二九日第二小法廷判決・裁判集民事九九号二七三頁、同平成元年九月一四日第一小法廷判決・裁判集民事一五七号五五五頁参照)。
これを本件についてみるに、原告渕田が同意の署名押印をした際の状況について、友田の右言動の外は、原告渕田の供述によっても必ずしも明らかでないが、仮に、右動機が表示されたものと認めることができるとしても、関連事業は、当初計画当時から予定されているものであり、関連事業の手続で三条資格者の三分の二以上の同意が集まれば自分が関連事業に参加したくなくても参加しなければならなくなる場合があることは、法の規定による効力であって、当初計画以降何ら変わりがなく、むしろ、本件変更計画は三条資格者にとって費用負担の点で当初計画よりも有利な内容であるといえる。加えて、本件変更計画の同意取得の時点においては、関連事業における受益農家の負担金額その他関連事業の具体的内容が定められていなかったことからすれば、関連事業への参加の要否が当然に本件変更計画に対する同意をするか否かに影響する状況にあったと認めることはできない。こうした事情を考慮すれば、右の動機の錯誤が要素の錯誤を認めるに足りるほどの重要性を有しているとまではいえず、他に、原告渕田の同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めるに足りる証拠はない。
(ロ) 原告永田譲二(以下「原告永田」という。)について
原告永田(用排水・継続二四六八番、区画整理・除外七五五番、農地造成・除外五二八番)は、錯誤の態様をアイオとし、<証拠略>において、同意取得担当者から、水代は要らないとか、自分の農地に水を引くかどうかは自由だと言われたことから同意したと供述している。
しかしながら、本件変更計画により本件事業のうち用排水事業について三条資格者の費用負担がなくなることは、そのとおりであって、この点に何ら錯誤は存しない。また、原告永田の右供述が関連事業を含めた費用負担がなくなると誤信したという趣旨のものなのか、右供述自体からは必ずしも明らかではない上、仮に、そのように誤信したのだとしても、右の錯誤はいわゆる動機の錯誤であって、右動機が意思表示の内容として相手方に表示されたと認めるに足りる証拠はない。また、自分の農地に水を引くかどうか自由だと言われたという点は、右(イ)で指摘したところがおおむね当てはまるのであって、要素の錯誤に当たらないというべきである。
他に、原告永田の同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めるに足りる証拠はない。
(ハ) 原告白石巌及び同西静夫について
原告白石巌(用排水・継続二五八八番、区画整理・除外八〇六番)は、錯誤の態様をアとし、<証拠略>において、「金はかからんから署名してくれ。」と言われて同意したと供述している。
また、原告西静夫(用排水・継続一一八九番、区画整理・除外四八九番)は、錯誤の態様をアオとし、<証拠略>において、自分の農地に水を引いてくるような事業に参加する意思はなかったが、「用水路を通すだけだから。」とか「お金の迷惑はかけないから。」などと言われ、自分が同意しないと他の人に迷惑がかかると思い、同意したと供述している。
しかしながら、本件変更計画により本件事業のうち用排水事業について三条資格者の費用負担がなくなることは、そのとおりであって、この点に何ら錯誤は存しない。また、右原告らの供述が関連事業を含めた費用負担がなくなると誤信したという趣旨のものなのか、右各供述自体からは必ずしも明らかではない上、仮に、そのように誤信したのだとしても、右の錯誤はいわゆる動機の錯誤であって、右動機が意思表示の内容として相手方に表示されたと認めるに足りる証拠はない。
他に、右各原告の同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めるに足りる証拠はない。
(ニ) 他に、ア又はイを理由とする錯誤無効を認めるに足りる証拠はない。
(3) ウを含むものについて
(イ) 原告池田武光(以下「原告池田」という。)について
原告池田(用排水・継続二六九九番、区画整理・除外八六六番)は、錯誤の態様をウとし、<証拠略>において、役場の職員から、区画整理事業は除外になっていると言われ、また、用排水事業については、取水の時に反対すれば水を取らなくてよいと説明されたことから同意したと供述している。
しかしながら、原告池田が区画整理事業について除外となっていることは、そのとおりであって、この点に何ら錯誤は存しない。また、用排水事業について取水の時に反対すれば水を取らなくてよいとの説明を受けたという点については、右(2)(イ)で指摘したところがおおむね当てはまるのであって、要素の錯誤に当たらないというべきである。
他に、原告池田の同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めるに足りる証拠はない。
(ロ) 原告鶴田義暉(以下「原告鶴田」という。)、同川村史子(以下「原告川村」という。)等について
原告鶴田(用排水・継続二五一三番、区画整理・除外七八七番)は、錯誤の態様をウとし、<証拠略>において、同意取得担当者から除外になったという説明を受けたので同意の署名をしたと供述している。
また、原告川村(用排水・新規一一〇一番)は、錯誤の態様をカとし、ウを挙げていないが、<証拠略>において、本件事業に参加するつもりはなかったが、同意取得担当者から「除外のための手続をしますので署名捺印を下さい。」と言われたことから同意の署名押印をしたと供述している。
なお、錯誤の態様としてウを挙げる者の中には、真実除外である者も多く、除外でない者は、原告池田及び同鶴田を除くと、用排水事業で一八名(甲斐一之・一〇八番、一上隆志・二一七番、深水厚志・四〇五番、藤田正彦・四〇七番、今村孝生・四一三番、多田芳郎・五〇四番、古原重義・七四五番、高野公代・一〇七二番、田嶋南海男・一六〇〇番、久保田兵吾・一七二七番、前田辰人・二〇四八番、川邊勝弘・二七〇六番、平山篤雄・二九八八番、吉田勝利・三〇一〇番、山崎純良・三〇一九番、山崎健・三〇二〇番、中村輝満・三〇二三番、村松隆幸・三一三六番)、区画整理事業及び農地造成事業で各一名(いずれも村松隆幸。区画整理一一二七番、農地造成六八四番)である。
ところで、継続又は新規の三条資格者が、除外になるとの同意取得担当者の説明により、除外になるものと誤信して同意した場合には、たとえ継続や新規であることを認識していたとしても同意したであろうと認められるなどの特段の事情がない限り、同意の意思表示に要素の錯誤があるものというべきところ、本件同意署名簿の継続、新規及び除外の区分欄が、同意取得時にすべて記載されていたわけではなく、同意取得後に記載されたり訂正された場合もあったことなどからすれば、同意取得担当者が、継続又は新規の三条資格者に対し、誤って除外である旨説明した場合もなかったとはいい切れない。
したがって、ここでは、念のため、用排水事業について二〇名(原告鶴田、同川村及び右の一八名)、区画整理事業及び農地造成事業について各一名(いずれも村松隆幸)を同意者から除くことにする。
(4) エについて
原告本人尋問を実施した者の中には、錯誤の態様としてエを挙げる者はない。また、同意取得担当者が「国営事業は中止された。」と説明したとか、本件事業が中止されたと誤信して同意の署名押印した者がいたなどとはにわかに考え難く、原告らが主張する態様の錯誤により同意した者がいると認めるに足りる証拠はない。
(5) オについて
オについては、錯誤の態様を「その他」とするだけで、錯誤の内容について具体的な主張がなく、いずれも主張自体失当というほかない。
なお、原告本人尋問を実施した者の中でオのみを錯誤の態様として挙げている原告山内孝子(用排水・継続二六七一番、区画整理・除外八八〇番、農地造成・継続五五八番)、同吉田國一(用排水・継続二六九八番、区画整理・除外八四六番)、同上原義武(用排水・継続一九一番、区画整理・除外一六六番)及び同小園重光(用排水不同意、区画整理・除外一五六番、農地造成・除外五六番)について、その供述を個別にみても、要素の錯誤を認めるに足りるものはなく、他に、要素の錯誤があったことを認めるに足りる証拠もない。
(6) カ(オを併せて指摘するものを含む。)について
カについては、説明がなかったというだけで、どの点に錯誤があったのかについての具体的な主張がないのであるから、これまた主張自体失当というほかない。
なお、原告本人尋問を実施した者について、その供述を個別にみても、原告岡本伊智郎(用排水・継続二七〇八番、区画整理・除外八五〇番)、同中村政晴(用排水・継続二五一二番、区画整理・除外七八六番)、同宮原房男(用排水・継続二四五八番、農地造成・除外五一九番)、同村山秀支(用排水・継続二一一二番)及び同黒崎ササ子(用排水・継続二一一四番)については、同意の署名押印時の記憶がほとんどないか全くないというのであって、同意の意思表示に要素の錯誤があったことを認めるに足りるものはない。
また、原告笹渕和彦(用排水・継続二四四七番、区画整理・除外七六八番、農地造成・除外五一四番)は、<証拠略>において、遠い親戚である友田から頼まれて断りづらかったことから同意したなどと供述する程度であって、同意の意思表示に要素の錯誤があったことを認めるに足りる証拠はない。
また、原告平川ヤエ子(用排水・継続二〇六三番、区画整理・除外七〇〇番)は、<証拠略>において、関連事業の費用負担があることを知らなかった旨の供述をしている。しかしながら、この点については、動機の錯誤が問題になる余地があるにすぎないところ、右供述によっても、同原告は同意の署名押印時の状況をほとんど記憶していないというのであって、動機が表示されたと認めるに足りる証拠はない。
また、原告城山義治(用排水・継続三三九番、区画整理・除外二八七番、農地造成・除外七八番)は、<証拠略>において、同意取得担当者から「面積が足りないから後で除外するから、とにかく判子だけはついてくれ。」と言われたことから同意したと供述しているが、同意取得担当者が右のような説明をしたとは考え難く、右供述はにわかに信用できない。
また、原告横山良雄(用排水・同意撤回、農地造成・除外二九五番)は、<証拠略>において、同意取得担当者から押印しないと除外地にならないと言われたことから同意したが、同意したことにより本件事業に賛成したことになるのは意に反する旨の供述をしている。さらに、原告中村邦昭(用排水・撤回、区画整理・除外五二九番、農地造成・除外三一二番)も、<証拠略>において、区画整理事業や農地造成事業から除外されることについては異存はないが、本件事業に賛成したように取られるのは意に反する旨の供述をしている。しかしながら、法八七条の三第一項の同意は、計画を変更するのか、変更しないで従前の計画を維持するのかを問うものであり、本件事業自体の賛否を問うものではないから、本件変更計画に同意するかどうかと本件事業への賛否は次元を異にする問題というべきであって、右各原告が供述するところを前提としても、同意の意思表示に要素の錯誤があったと認めることはできない。
他に、錯誤の態様としてカを挙げる者について、同意の意思表示に要素の錯誤があったことを認めるに足りる証拠もない。
(7) したがって、右(3)(ロ)のとおり、用排水事業について二〇名を、区画整理事業及び農地造成事業について各一名を、それぞれ同意者から除くこととするが、他に同意の錯誤無効の主張を認めるべきものはない。
(五) 同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をした場合に、その者を同意者として扱うべきか否か(本案の争点1(五)(5))
(1) 原告らは、同意を撤回した者が右撤回を取り下げる旨の意思表示をしたとしても、当初の同意の効力は復活しないと主張している。
(2) しかしながら、法八七条の三第一項は、国営又は都道府県営の土地改良事業計画の重要な部分を変更するに当たり、三条資格者の意思を尊重しようとしたものである。このような同条項の趣旨からすれば、変更計画が決定されるまでの間は、同意の意思表示をした者は、これを撤回することもできるが、逆に、同意を撤回した者は、右撤回を取り下げる旨の意思表示をすることにより、再び同意者に加わることもできるというべきであって、この場合、改めて同意署名簿に同意の署名押印をする方法による必要はないと解すべきである。
原告らは、遺言の撤回の撤回に関する民法一〇二五条や、解除の意思表示の撤回に関する同法五四〇条二項、さらには、行政処分の異議申立ての取下げの撤回に関する裁判例等を挙げて、三条資格者の同意についても、撤回は許されても撤回の撤回は許されるべきではないと主張するが、原告らが指摘する法律の規定や裁判例は、土地改良法上の三条資格者の同意の場合とは全く異なる場合についてのものであって、本件に妥当しないことはいうまでもない。
(3) したがって、原告らの主張は採用できない。
(六) 小括
法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意の有無は、本件変更計画決定時である平成六年一一月四日における三条資格者及び同意者の人数を基準に判断すべきところ、既に検討したとおり、右時点における有効な同意者の人数は、別紙<略>のとおり、少なくとも、右(二)(5)の人数(用排水事業について二九五二名、区画整理事業について一一五〇名、農地造成事業について七六三名)から、右(四)(3)(ロ)及び(四)(7)で同意者から除くこととした人数(用排水事業について二〇名、区画整理事業及び農地造成事業について各一名)を差し引いた人数となり、用排水事業について二九三二名、区画整理事業について一一四九名、農地造成事業について七六二名である。そして、右時点における三条資格者の人数は、右(一)(4)で述べたとおり、用排水事業について三九〇四名、区画整理事業について一四六九名、農地造成事業について八七九名か、これを若干上回る程度であると認められる。したがって、右時点における同意率は、用排水事業について七五・一パーセント、区画整理事業について七八・二パーセント、農地造成事業について八六・七パーセントか、これを若干下回る程度となり、法八七条の三第一項所定の三条資格者の三分の二以上の同意があることを優に認めることができる。
二 本件決定に固有の違法性の有無について
1 本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過してなされたことによる違法性の有無(本案の争点2(一))
(一) 原告らは、本件決定が法八七条七項所定の期間を徒過し縦覧期間満了から一年三か月余りも経過してなされていることを理由に、本件決定が違法であると主張している。
(二) そこで検討するに、法八七条の三第一〇項、八七条七項は、国営土地改良事業の変更計画についての異議申立てを受けたときは、農林水産大臣は、同条五項に規定する縦覧期間満了後六〇日以内に決定しなければならないと規定しており、これは、国営土地改良事業が多数の者の法律関係に影響を与えるものであることから、できる限り速やかに土地改良事業の変更計画に対する異議申立てについての決定をすることによって、土地改良事業に係る法律関係の早期確定を図る趣旨のものであるが、当該変更計画に対する異議申立ての内容等によっては、同条項所定の期間内に異議申立てについて必要な審理を尽くした上で決定することができない場合が生じ得ることも十分に予想されるところである上、異議申立てについての決定が右の期間内になされなかったことのみを理由に本件決定を取り消しても、改めて異議申立てについての決定をやり直すことになるだけであって、かえって土地改良事業に係る法律関係の早期確定を図ろうとした右規定の趣旨に反する結果となる。
(三) したがって、法八七条七項はいわゆる訓示規定と解すべきであり、本件決定が同条項所定の期間を経過した後になされたからといって、また、その期間の徒過が長期間にわたるからといって、本件決定に取消原因となるような違法があるとはいえず、原告らの右主張は失当である。
2 本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかったことによる違法性の有無(本案の争点2(二))
(一) 原告らは、本件決定には、本件異議申立人全員に行審法二五条一項ただし書所定の口頭による意見陳述の機会を与えなかった違法があると主張している。
(二) そこで検討するに、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 弁護士板井優、同森徳和及び同國宗直子(以下「代理人弁護士三名」という。)は、異議申立人ら代理人として、平成六年一二月二九日付けで、被告に対し、本件異議申立てにつき、本件異議申立人全員について一人一〇分間ずつの口頭による意見陳述の機会を与えるよう求める内容の口頭審理申立書を提出した。また、緒方俊一郎、古川十市、茂吉隆典、倉田茂及び東慶治郎(以下「代理人五名」という。)も、異議申立人ら代理人として、平成七年一月一日付けで、被告に対し、右と同趣旨の口頭審理申立書を提出した。
(2) これに対し、被告は、平成七年二月七日付けで、代理人弁護士三名及び代理人五名に対し、同月一〇日から同月一二日までのいずれか一日の午前九時から正午まで及び午後一時から午後六時まで、熊本市内の熊本チサンホテル(同月一〇日)又は熊本合同庁舎(同月一一日及び一二日)において、本件異議申立てにつき口頭による意見陳述を聴取する手続を行う旨の通知をした。
代理人弁護士三名は、被告に対し、同月八日付けで、被告の口頭審理の期日指定が代理人らの都合を無視したものである旨通知したが、同月一〇日付けで、同月一二日の口頭審理において異議申立人四八名につき一人一〇分ずつ口頭で意見陳述を行う予定であること、口頭審理の進行は代理人らで行うことなどを通知した。
なお、同月一〇日及び同月一一日に被告が指定した前記の場所に出頭した者も数名いたが、意見陳述は行われなかった。
(3) 平成七年二月一二日の口頭審理(以下「第一回口頭審理」という。)には、代理人弁護士三名の外、四三名の者(うち異議申立人三四名)が出頭した。この中で、口頭審理を執り行う農林水産省の担当者(以下「聴取者」という。)は、同日の口頭審理においては異議申立人代理人の意見陳述のみを聴取するとの方針を伝えたが、代理人弁護士三名らがこれに反発し、あくまでも異議申立人本人による口頭意見陳述の機会を与えることや同意署名簿を開示することなどを繰り返し要求した。そして、同日午後六時ころまで、代理人弁護士三名の外、代理人となっていない者を含む八名の異議申立人(ただし、口頭審理の進行に関する意見を述べたり、意見陳述の際に陳述者に質問をしたにすぎない者を除く。)が意見陳述を行った。
異議申立人代理人らは、右の口頭意見陳述を終了した時点で、日を改めて口頭意見陳述の機会を設けるよう要求した。これに対し、聴取者は、日を改めて口頭意見陳述の機会を設けることは約束できないが時間を延長して同日の口頭意見陳述を続けてもかまわないと述べた。しかし、それ以上の意見陳述は行われず、午後七時一〇分ころ、同日の口頭審理を終了した。
(4) 被告は、平成七年二月二四日、代理人弁護士三名に対し、<1>第二回口頭審理を同年三月六日又は同月一三日で始まる週の平日三日間人吉市内で実施したい、<2>右口頭審理においては代理人か異議申立人本人かを問わず出頭した者に意見陳述の機会を与えるが、各異議申立人に対し特に個別的な呼出しはしない、<3>同意署名簿の開示には応じられない旨の通知をした。
これに対し、代理人弁護士三名は、同年二月二六日付けで、被告に対し、<1>第二回口頭審理は同年四月四日から六日までの三日間に実施されたい、<2>異議申立人一人一〇分程度で意見陳述を行いたいので、その旨の呼出状の送付をしてもらいたい、<3>第二回口頭審理で意見陳述をすることができなかった異議申立人については、第三回以降の口頭審理で意見陳述ができるようにしてもらいたい、<4>同意署名簿の開示がなければ異議申立人に意見陳述の機会が与えられたとはいえないので、再度同意署名簿の開示を求める旨の通知をした。
また、代理人五名も、同年二月二七日付けで、被告に対し、右の<1>、<2>及び<4>と同趣旨の通知をした。
そこで、被告は、同年三月一六日付けで、代理人弁護士三名及び代理人五名に対し、それぞれ、<1>同年四月四日から六日までの三日間の午前九時から正午まで及び午後一時から午後六時まで、人吉市カルチャパレスにおいて、口頭による意見陳述を聴取する手続を行う、<2>意見陳述の対象は、右八名及び右八名に委任した異議申立人本人とする、<3>右日程で本件異議申立てに係る意見陳述すべてを終了する予定であるから、異議申立人本人の意見陳述は当該異議申立人に特有の個別的事項についてのみ行うなどの方法により、右の日程で口頭による意見陳述を終了することができるよう他の代理人及び異議申立人の間で調整をされたい、<4>同意署名簿の開示には応じない旨の通知をした。
(5) 平成七年四月四日から同月六日までの三日間の口頭審理(以下「第二回口頭審理」という。)は、おおむね各日とも午前九時ころから午後六時ころまで行われ、代理人弁護士三名の外、同月四日は八名が、同月五日は二七名が、同月六日は二七名が、それぞれ口頭による意見陳述を行った(右の意見陳述者には、異議申立人本人の外、異議申立人に代わって出頭したという異議申立人の家族等を含み、口頭審理の進行に関する意見を述べたり、意見陳述の際に陳述者に質問をしたにすぎない者を除く。)。
異議申立人代理人らは、右の口頭意見陳述を終了した時点で、日を改めて口頭意見陳述の機会を設けるよう要求した。これに対し、聴取者は、日を改めて口頭意見陳述の機会を設けるかどうかは検討の上回答するが時間を延長して同日の口頭意見陳述を聴取する余裕はあると述べた。しかし、それ以上の意見陳述は行われず、同日午後六時すぎころ口頭審理を終了した。
(6) 代理人弁護士三名は、平成七年五月一九日付けで、被告に対し、第三回の口頭審理を多良木町及び相良村で実施するよう通知した。また、代理人弁護士三名は、同年六月一九日付けで、被告に対し、第三回の口頭審理を実施するよう再び求めるとともに、その際の日程として同年八月二八日から同月三〇日までの三日間とすることを提案する旨の通知をした。さらに、代理人五名も、同年六月一九日付けで、被告に対し、第三回の口頭審理を八月中下旬に多良木町及び相良村で実施するよう通知した。
これに対し、被告は、更に念のために口頭審理を実施して本件異議申立人による口頭意見陳述を聴取することとし、同年八月四日付けで、代理人弁護士三名及び代理人五名に対し、それぞれ、<1>同月二八日から同月三〇日までの三日間の午前九時から正午まで及び午後一時から午後六時まで、相良村総合体育館研修室(同月二八日及び同月二九日)及び多良木町球磨地域農業協同組合上球磨営農センター大会議室(同月三〇日)において、口頭による意見陳述を聴取する手続を行う、<2>意見陳述の対象は、右八名及び右八名に委任した異議申立人本人とする、<3>右日程で本件異議申立てに係る意見陳述すべてを終了する予定であるから、異議申立人本人の意見陳述は当該異議申立人に特有の個別的事項についてのみ行うなどの方法により、右の日程で口頭による意見陳述を終了することができるよう他の代理人及び異議申立人の間で調整されたい旨の通知をした。
(7) 平成七年八月二八日から同月三〇日までの三日間の口頭審理(以下「第三回口頭審理」という。)は、おおむね各日とも午前九時ころから午後六時ころまで行われ、代理人弁護士三名の外、同月二八日は八三名が、同月二九日は七二名が、同月三〇日は四八名が、それぞれ意見陳述を行った(右の意見陳述者には、異議申立人本人の外、異議申立人に代わって出頭したという異議申立人の家族等を含み、口頭審理の進行に関する意見を述べたり、意見陳述の際に陳述者に質問をしたにすぎない者を除く。)。
異議申立人代理人らは、右の口頭意見陳述を終了した時点で、日を改めて口頭意見陳述の機会を設けるよう要求した。これに対し、聴取者は、日を改めて口頭意見陳述の機会を設けるかどうかは検討の上回答するが多少の時間の延長には応じたいと述べた。しかし、それ以上の意見陳述は行われず、同日午後六時すぎころ口頭審理を終了した。
(8) 代理人弁護士三名は、平成八年一月三〇日付けで、被告に対し、本件異議申立人の中に口頭による意見陳述を行っていない者が残っていることを理由に第四回の口頭審理を行うよう通知した。また、代理人五名も、同年三月一九日付けで、被告に対し、同趣旨の通知をした。
しかし、被告は、同月二九日付けで、代理人弁護士三名及び代理人五名に対し、更なる口頭による意見陳述の手続を行わない旨通知し、同日付けで本件決定をした。
(三) ところで、行審法二五条一項ただし書は、審査請求の審理手続について、審査請求人又は参加人から申立てがあったときは、審査庁は、申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならないと規定し、同条項は、同法四八条により異議申立てについても準用されているが、同法は、口頭意見陳述の方式について、補佐人の出頭に関する同法二五条二項のほか、何ら規定を設けていないのであるから、いかなる方式で口頭意見陳述を行わせるかは、同条一項ただし書の目的、趣旨に反しない範囲で、異議申立てを審理する処分庁の合理的裁量にゆだねられているものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、被告は、七日間(一日当たり約八時間)にわたって口頭審理を実施して口頭意見陳述の機会を設けており、その結果、代理人弁護士三名の外、延べ二七三名の者が口頭意見陳述を行っていること、被告は、第二回及び第三回口頭審理については、ほぼ異議申立人代理人の要望どおりに日時及び場所を指定し、代理人の都合や異議申立人本人の出頭の便宜を図っていること、被告は、各回の口頭審理の最終日に時間の延長に応じる旨異議申立人代理人らに申し入れており、七日間の口頭審理の枠内でできる限り多数の者の意見陳述を聴取することができるよう一定の配慮をしていること、被告は、第二回口頭審理を行うに当たって、あらかじめ、口頭意見陳述の申立てをした代理人八名に対し、第二回口頭審理をもって本件異議申立てに係るすべての口頭意見陳述を終了する予定であるからそのつもりで右代理人間で調整するなどして口頭審理に臨むよう通知しており、さらに、第三回口頭審理を実施するに当たっても、右代理人らに対し、同趣旨の通知をしていたこと、本件で口頭意見陳述の申立てをした異議申立人にはすべて異議申立人代理人が選任されているのであるから、異議申立人代理人が総括的事項や多くの異議申立人に共通する事項をまとめて口頭意見陳述をすることも可能であり、現に、相当の時間を費やして異議申立人代理人による口頭意見陳述が行われていること、その他本件決定に至る一連の経過、本件異議申立ての内容、現に行われた口頭意見陳述の内容等にかんがみれば、異議申立人に特有の事情がある場合において当該異議申立人本人に口頭意見陳述をする機会を与える必要があることを加味しても、申立てに係る口頭意見陳述の機会が十分に与えられていなかったということはできず、被告が口頭意見陳述を聴取するために実施した口頭審理の方式が、合理的裁量を逸脱又は濫用するものであったということはできない。
(四) なお、原告らは、被告は異議申立人代理人に対してしか口頭審理を行う旨の通知をしておらず、本件異議申立人の多くは口頭審理が行われることを知らされていなかったのであるから、口頭による意見陳述の機会が保障されたとはいえないと主張している。しかしながら、本件の口頭による意見陳述の申立てが代理人によってなされたものであることからすれば、口頭審理を行う旨の通知をその代理人に対してしかしなかったからといって、口頭意見陳述の機会が与えられなかったということはできず、原告らの右主張は採用できない。
(五) したがって、被告による口頭意見陳述の機会の付与に欠けるところはなく、この点に関する原告らの主張は採用できない。
3 行審法二五条一項ただし書の口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を経ていないことによる違法性の有無(本案の争点2(三))
(一) 原告らは、第三回口頭審理における異議申立人らの口頭意見陳述につき同法一六条後段の手続を経ていないことを理由に、本件決定に違法があると主張している。
(二) しかしながら、行審法四八条、一六条は、口頭で異議申立てがなされた場合に、異議申立人から陳述を受けた行政庁が、その陳述の内容を録取し、これを陳述人に読み聞かせて誤りのないことを確認し、陳述人に押印させるべきことを定めたものであって、同法二五条一項ただし書所定の異議申立人等による口頭の意見陳述がなされた場合の規定ではない。そして、行審法は、同条項による口頭意見陳述がなされた場合に、陳述内容を録取するかどうか及び録取する場合の方法について定めておらず、これらの事項は、処分庁の裁量にゆだねられているものと解されるところである。したがって、異議申立人らの口頭意見陳述につき、録取内容を陳述者に読み聞かせて誤りのないことを確認し陳述者の押印を求めるなどしなかったからといって、本件決定に違法があるとはいえず、原告らの右主張は失当である。
第四結論
以上のとおり、別紙目録<略>記載の原告らの訴えは不適法であるから却下することとし、その余の原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山正士 伊藤正晴 渡部市郎)
別紙 原告目録<略>
別紙 補助参加人目録<略>
別紙 目録―1<略>
別紙 目録―2<略>
別紙 目録―3<略>
別紙 目録―4(一)<略>
別紙 目録―4(二)<略>
別紙 目録―5(一)<略>
別紙 目録―5(二)<略>
別紙二 当初計画及び本件変更計画の概略<略>
別紙三 同意撤回及び同意撤回取下げの状況<略>
別紙四1<略>
別紙四2<略>
別紙五 国営川辺川地区計画変更等地区説明会開催状況<略>
別紙六<略>
別紙七<略>
別紙八<略>